離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。

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☆☆☆  屋良小花(やらおはな)は苛立っていた。  日本の政財界を牛耳る名家、龍ケ崎家当主、龍ケ崎湊斗と婚姻を結んで早くも一ヶ月が経とうというのに、湊斗は小花と会おうともしない。  21歳になる小花は、自分が美人に分類されるビジュアルであることを自覚していたし、気難しいことで有名な美貌の当主、湊斗を振り向かせる自信もあった。  あの龍ケ崎家に嫁いだことで、自分は勝ち組だと確信もしていた。  しかし、湊斗は小花を妻として認めようとしない。  小花は、上流階級の名家で、ご令嬢として大切に育てられ、自慢の処世術を駆使し、湊斗の両親に上手く取り入り、義父母には大層気に入られている。  義理の両親は、湊斗の前の妻を引き合いに出し、小花を褒めちぎる。  しかし、肝心の湊斗とは顔すら合わせておらず、相手にもされない現状に、ストレスが溜まっていく。  頑なな湊斗の態度には、何か理由があるのではないかと疑った小花は、行動を起こした。  小花には、他人の弱点を見抜くという異能がある。  華やかな社交界の裏で繰り広げられる腹の探り合いには、非常に役に立つ異能だ。  小花が目をつけたのが、使用人のみゆきだった。  みゆきは、貧しい家庭で育ち、運良く龍ケ崎の使用人として雇ってもらい、給料のほとんどを、幼い兄弟がいる実家に仕送りしている。  龍ケ崎からもらう給料は桁違いだ。  学もないみゆきが、龍ケ崎家をクビになったら、次の就職先を探すのは困難だろう。  そう弱点を読み取った小花(おはな)は、解雇をちらつかせながら、みゆきから情報を引き出すことに成功した。  何でも、この家の離れに、湊斗の前妻が匿われているという。  湊斗は前妻を心から寵愛しており、離婚後も、彼女が離れで暮らしていることを、湊斗の両親すら知らないと、みゆきは語った。  気に食わない。  邪魔者は消してしまおう。  湊斗の妻は自分だ。  湊斗の心も、自分のものにしてみせる。  昔から、小花は欲しい物は、何でも手に入れてきた。  今度だって、きっと上手くいく。  小花はすぐに次の手を打った。  それは、湊斗さえ巻き込む、悪魔のような悪巧みだった。  屋良小花は、夫の心を掴んで離さない、朧という名の、憎き女と、自分をないがしろにした湊斗を犠牲にすることもいとわない残忍な計画を実行した。  ☆☆☆  いつも通り、離れにやってきた湊斗は、朧の姿が見えないことに、首を捻っていた。  離れを一通り探し回って、居間に戻ってきたとき、玄関が引き開けられる音がした。 《朧……?》  湊斗が振り返った次の瞬間、頭から布を被った黒ずくめの人影が、湊斗に体当たりしてきた。 「ぐっ……?」  腹に衝撃が走り、次にかっと熱を持った。  湊斗は表情を歪める。  力任せに黒ずくめの人物を押し退けると、腹にめり込んだ物体に恐る恐る手を触れる。  ぬるっとした感触があり、とたんに激痛が走る。  黒ずくめの人物は、さっと身を翻すと、離れを走り去っていった。  力が入らず、崩れるように湊斗は畳の上に倒れ込んだ。  目の前が暗くなり、手足が冷えてしびれてくる。  荒い呼吸の間に、湊斗は朧の名を呟いた。  愛しい、愛しい彼女の名を。  じわじわと、着物に黒い染みが広がり、真新しい畳をも侵食し始めた。  激痛にうめきながら、湊斗はゆっくり意識を失っていった。
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