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魔王城の最上階。窓の外では、突如として激しい雨が降り始めていた。
「残りは、槍使い一人だけか。勇者一行が来ると聞いて、楽しみにしていたのだが…大したことはないな」
ドラゴンの姿の魔王は、傷だらけになり倒れている勇者、魔法使い、ファイターをチラッと見ながら笑った。
「くそぉ! 大切な仲間たちを傷つけやがって! 許さない、絶対に倒してやる!」
俺は手に持った槍を魔王に向ける。その瞬間、轟音とともに稲妻が走り、城全体が揺れた。
「おっと、天候が荒れてきたようだな」
魔王が窓の外を見た。激しいバトルのせいで窓は全て割れている。
「天候なんて関係ない! さあ、かかってこい!」
「くっ! ブォオオオ!」
俺が叫ぶと同時に、魔王が炎を吐き出した。しかし、中に入ってくる激しい雨のせいで炎は途中で消えてしまった。
「なんだと?」
魔王が驚きの声を上げる。
「ははっ、残念だな」
と次の瞬間、二人とも足元の水たまりで滑ってしまった。
「くっ…こんな状況じゃ戦えないな」
魔王が渋々と言った。
「そうだな…なあ、魔王。一旦、休戦にしないか?」
「そうだな。仕方がない…雨が止むまで待とう」
そう魔王が言うと、俺たちは窓際に腰を下ろした。顔を見合わせ、互いに苦笑いする。雨音を聞きながら、なんとも言えない沈黙が流れる。
「あの…」
俺が口を開く。
「魔王って、普段何してるの?」
「え? まあ、世界征服の計画を立てたり、部下の相談に乗ったり、筋トレしたり…かな」
「へえ、色々と大変そうだね」
「まあな」
会話が弾み始め、いつの間にか俺たちは熱心に語り合っていた。
数時間後、雨がようやく止み、薄日が差し始めた。
「さて、雨も上がったことだし…バトルの続きをするか。じゃあ、とりあえず最終形態になるから、ちょっと待ってろ」
「ああ、どうぞ」
魔王と俺は立ち上がった。魔王が大きく息を吸い、最終形態への変身を始めた。
「グォオオオオ!」
魔王の身体から、真っ白の光が放たれた。魔王城が上下左右に激しく揺れる。俺は目を瞑りながら、よろめく。
「お待たせ。これが最終形態だ」
「一体、どんな姿をしているんだ?」
俺は目を開けて魔王を見た。すると先程の数倍はデカいドラゴンが、そこにいた。
「この姿を見て、逃げ出したくなっただろ?」
「いいや、全然。絶対に倒してやる。しかし、またドラゴンの姿か。もっと工夫しろ!」
と俺は強がったが、恐怖で身動きが取れなくなった。
「一瞬で楽にしてやる」
魔王が大きく息を吸って、口から激しい炎を繰り出す素振りを見せる。と、その時…
「あっうんふ!」
魔王が突然、情けない声を上げた。水たまりに足を滑らせたのだ。巨大な体が床に激突し、魔王城全体が揺れる。その衝撃で、魔王の足元の床に大きな穴が開いた。
魔王が沈んでいく。魔王の顔が床の穴にはまり、ものすごく辛そうだ。
「一体、何をしているんだい?」
俺は魔王に問いかけた。
「ちょ、ちょっと助けて、助けて」
「一瞬で楽にしてやる」
俺は魔王の眉間に槍を向けながら、さっき魔王が言ったセリフを返した。
「ちょっと待って。助けて。助けてくれたら、何でもする、何でもするから」
魔王は泣きながら懇願する。
「ふざけるな! 信用できるわけないだろ。どうせ、助けた瞬間に攻撃してくるに決まってる」
「いやいや、攻撃なんてしません。助けて下さい、お願いします!」
俺は魔王の目を凝視した。意外にもピュアな眼差しをしている。
「魔王って、綺麗な目をしているな」
「恥ずかしいな...あんまり見ないでくれよ」
「恥ずかしがらなくたっていい。美しい目をしている」
「...そんなこと言われたのは初めてだ」
「魔王...」
「槍使い...」
俺たちは、暫く見つめ合った。
──三ヶ月後、俺たちは結婚した。あの雨上がりの日の出来事がきっかけだった。
魔王城の最上階にある直した床を見る度、「あんな時もあったね」と魔王と二人で微笑み合っている。
(了)
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