濡れ衣

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濡れ衣

「細殿に不釣り合いな人が、夜明け前に傘をさして出ていった」 と誰かが言い出したのを、よく聞いてみたら自分のことだった。 彼は殿上人ではないとはいえ、ちゃんとした人で、 とやかく言われるような家柄の人でもないのに 変なことを言うもんだな、と思っていたところへ、 使いの者が宮(中宮定子様)からのお手紙を持ってきた。 「返事をすぐに」とおっしゃったと言う。 何事だろうと思って見てみると、 大きな傘の絵を描いて、人の姿は見えず、 ただ傘を持つ手だけがある。その下に、 「山の端明けし朝より」 とお書きになっている。 (定子様を)ちょっとしたことでさえ ただもうすばらしい方だと尊敬して、 恥ずかしくて顔向けできないようなことは 絶対にするまい、と思っているのに。 このような嘘の噂を出してしまって、申し訳ない。 それでも、おもしろがってくださっているのだと思い、 別の紙に、雨をたくさん降らせた、 その下に、 「ならぬ名の立ちにけるかな」 さて、これで濡れ衣ということになりましょうか、 と書いてお返事申し上げたら、 右近の内侍などにお話しして、お笑いになった。 ※注記 細殿は、清少納言たち女房が寝起きしていた、寮のようなところ。 不釣り合いな人、というのは、このようなところに来るべきでない人、という認識をされた、ということ。 殿上人(宮中で仕事をしている一定以上の身分の、役職の人)ではないけど、それなりの家柄の人と付き合っていたのに、そんな不本意な嘘の噂をされてしまった、という話です。 連歌の意訳 中宮定子「誰かが傘をさして出ていった、その朝から」 清少納言「思わぬ噂がたってしまいました」
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