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第2章 夢にまで見た現実 第1話 断れない誘い
チラッと以前からそれらしいことは聞いていたものの、タイミングよくいとこであり、唯一の親友とも言える津本信之介が帰った直後にかかってきた館林和樹からの電話に、
「よっしゃ、分かった。ありがとうな」
と答えてはみたものの、素直に喜べない翔太だ。
理由は簡単なもので、他人様のゴチャゴチャとした人間関係に引きずり込まれるのが嫌なのだ。今までもそうだった。ずっとそうだった。気が付けば誰かの仲間に入れられ、気が付けばほかの誰かから嫌われている。その連続だ。
別に一人が好きだというわけではないのだが、自分の存在が人に利用されるというのが気に入らないのだ。でも引き受けてしまった以上は行かなければ。さてどうなることやら……。
その当日。
まさかこんなときに限って目覚まし時計の電池が切れるとは……。
これを新たな始まりと考えている翔太は、
「翔太。おまえまたあの女の所に行くのか?」
そんな、父親である茂の言葉も聞き流して急いで車に乗り込むと、会場となる飲み屋に向かった。
高校時代の同級生の絆をいつまでもということで、【縁の会】という会が発足したという知らせは、田舎を離れて間もない頃に聞いていた。
それから約十七年後。
「和樹、今家を出たところなんだ。悪いけど少し遅れるぞ……」
などと信号待ちのときに電話をしていると、向こう側の先頭で右のウインカーをつけている見覚えのある車に、意外な人物が乗っているのを見つけてしまう。いきなりのパッシングだ。
「――おい、翔太。どうして黙ってるんだ?」
仕方がない。翔太は左のウインカーを出したことも言わずに、
「実は今産廃屋の横の交差点で信号待ちをしてるんだけど、岡部のものらしい車が向こう側で信号待ちをしてるんだ」
「本当か? あいつ、飲み会の誘いは断ったくせにどういうつもりなんだ? 岡部が運転してるんだな?」
そして信号が青になると、
「そこまでは見えない。仕方ないじゃないか……。とにかくちょっと遅れるからな」
そう言い残して電話を切ると、左折してから少し行った所で車を停め、その車が追い越していくのを待って後をつけるしかない翔太。
――結構な雨が降りしきる、ある夜のことであった。
道沿いの中古車屋の中に入っていくと、事務所の前で車を停めた汐里は、
「翔ちゃん、ちょっとそこで待っててよ。すぐ帰ってくるからね」
そう言い残してそのまま事務所の中に入っていった。
――十五分ほど経ったであろうか。
その車を置いたままやってきて翔太の車に乗り込んだ汐里は、
「翔ちゃん。確か今日飲み会があったんだよね?」
「そうだよ。そこに向かう途中だったんだ」
「じゃあ、私も行くから乗せていって」
「えっ、汐里ちゃんが同窓会に顔を出すのか?」
「そうじゃないよ。私は車の中で待っているっていう意味なの?」
「店があるじゃないか?」
「今日はいいの。同級生と会うのは久しぶりなんでしょう? ゆっくりしておいでよ。私も車の中でゆっくり寝てるからさぁ」
予想もしていないことに置き去りにされた岡部の車のことも忘れてしまって、ゆっくりと車を走らせた翔太。
――浦吉から車でたった十五分ほど山手に入った所であるのに、車の外に出た途端にぬるま湯に浸かったような、いやらしい空気に包み込まれる。ドアを閉めたと同時に急に明るくなったのに驚いて振り向いてみると、水銀燈の向こうに、たくさんの虫たちが暗い空へと溶け込んでいくのが見える。
少なくともセミではないな、などと思っていると、
「お待ちしておりました」
という声に次いで、
「翔太!」
そう自分の名前を呼ぶ声がした。
ここは小料理屋、真佐竹。
三か月前に行われた同窓会の余った金で開く飲み会だと聞く。
実質ただなのだから楽しいに決まってる。決まってはいるけど言っちゃ悪いが、いざとなったら成り振り構わず店を出よう、翔太は最初からそう決めていた。
――二階に上がる階段で、数人の若者達とすれ違う。
おそらく二軒目に向かうところなのだろう、などとその後ろ姿を見ていると、勝手に開いた襖の向こうから吹き出してきた中のざわめきに、一瞬にしてその残像が消えてしまうほどの不安に包み込まれる。
喜びや期待ではない、不安だ。
会場となる部屋にいたのはちょうど十人なのだが、やはり目についたのが、女性メンバーの中心的存在である川島友梨奈だ。送られてきた一回目の写真を京都で見たときに、一番最初に探した人だ。
そしてグルリと見渡したメンバーの中に、以前から実家に帰るたびに不思議と顔を合わせていた、同じ地元の海原明美がいることに少し不信感を持ってしまう。というのも、館林から誘いを受けてから何回か会っているというのに、明美はこの会のことについては一言も触れなかったからだ。
でも、翔太としてもあえて尋ねようとは思わない。なぜなら、これまでに招待された同窓会を全て欠席しているからだ。まして、今回は明美から誘われたわけではなく、誘いをかけてきたのは館林で、直前まで自分が来ることを聞いていなかったのかもしれない、とも思えるからだ。
なぜこれまで同窓会を断ってきたかについては翔太なりの理由はあるものの、おそらく館林の気持ち一つであろうが、この飲み会は年に三回はやっているということだ。
事の始まりは、たまたま就職した会社に館林がいたということで、一度だけ「飲みに行かないか?」と誘われて益川に出向いたことはあったのだが、誘われたのはあれ以来のことだ。そんなことからしたら、なぜ今頃になって、と思わずにはいられない。
こういう席に顔を出すのは苦手なタイプの翔太であるから、別に誘われないことに対して反感は持たないのであるが、それとは逆に、今誘われたということに対して疑問を持つのである。
ここに至って根掘り葉掘りその理由を探ろうとは思わないが、もしかして、と思うと、嫌でも苦手なドロドロとした人間関係の中に入っている自分を感じている翔太だ。
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