第2話 第三の理由

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第2話 第三の理由

 持ち帰った本を読み終えた優香。 「ねえ、どうしてこの部分だけ切り抜いてあるの? 何が書いてあったの?」  だんだん近づいてきた足音に向かってそう尋ねてみたのだが、ふと見上げると全身泥だらけの信之介が立っている。 「――ええっ、嘘でしょう?」  一瞬にして張り詰めてしまった空気からして、そんなことどころではなくなってしまった。 「本当だ。穴から出て向こう側にも行ってみたんだけど、おまえの言っていたような音なんか聞こえなかったし、ただ深い谷底から見上げた空は、ここから見るよりもはるかに澄み渡っていたような気がしただけだ」 「そうなの……。今更塞いでって言っても無理よね」 「当たり前だ!」 「――ねえ、信之介君。アヤって女の子知らない?」 「アヤ? 何時代の人なんだ? 今時そんな古めかしい名前をした女の子はそうはいないぞ。それにしても、せっかく貫通させたのにどこだったんだろう? 少なくとも浦吉にあんな所はないはずだが……。しかし、問題はあの深い谷底からどうやったら上がれるかだ? いや、案外探せば道があるのかもしれないけど……」  腕組みをしてそんなことを言いながら、また穴の方に向かって歩き出した信之介に、 「探しても無理よ。あの谷底から抜け出せる道なんてないわよ」 「どうしておまえがそんなことを知ってるんだ?」 「だから私は……」 「おまえ、しまいには怒るぞ! 本当にいい加減にしろ!」  ――今日は特別暑いような気がする。というのも、村の方を眺めてみればカゲロウが立ったかのように揺らいで見えるからだ。  そんななかにあっても、冬に備えてせっかく貫通させたのだから、なんとかしてあの谷底から上がる手立てを考えなければ……。信之介の頭はそのことでいっぱいだ。 「何ブツブツ独り言を言ってるのよ? 信之介君、ちょっと聞きたいんだけど。本当はどうしてあのタイミングで大きなサメが現れたのか、君、その答えを知ってるんじゃないの?」 「もしかしたら、嫌がらせかもしれないぞ」 「嫌がらせ?」 「そうだ。時間帯は遅いものの、日曜日の深夜ともなるとなりふり構わずその姿を現すようになってきたんだから、中で何かが起こっているということだ」 「なんの話をしているの?」 「確率は少ないにしても、見た者がいても不思議じゃない」 「ねえってば?」 「それに、おまえみたいに潜って確認したがるやつがいてもな」 「それはその通りよ。かなり上からだったからぼんやりとしか見えなかったけど……。人って昔からそういうふうにできているの。例えば君が私のビキニの中を覗きたいみたいにね。ふふっ……」 「それはおまえが俺のパンツの中身を覗きたいのと一緒だ。そんなことはどうだっていい。このことは絶対誰にも言うんじゃないぞ……」 「だから言ってるでしょう。私には言う相手がいないって。もう……」 「さっきおまえが言ったことの答えは、今度上がってきたときにおまえの目で見てから考えろ。全てカダおばあちゃんを殺った連中の仕業に決まってる!」 「そんな話をしてたよね。確か動機はそれで、きっかけはお父さんとの確執みたいなものだったって?」 「ああ、おやじとのこともあったけど、始まりはそれだ。それともう一つ……」 「もう一つ何よ?」 「優香。おまえ背中を見せてみろ」 「急に何を言い出すの?」 「いいから見せろ!」 「いいよ、背中くらいだったら」  着替えというものを持たない優香は、信之介にもらった半ズボンとTシャツ姿だ。 「――大丈夫だ。ということは、いくら羽が生えているといってもこの島までは来れないということだ。幸いなことに水もないしな……」 「なんの話をしてるの? あっ、信之介君。君、(あご)を上げてごらんよ」 「まさか……」 「なんなの、そのホッチキスの針みたいなのは?」 「嘘だろう。嘘だって言ってくれよ!」 「本当だって。向こうを向いてごらんよ。うわぁぁっ! 横の方にも……。君、信之介君。背中を見せてごらんよ。う、うわぁぁぁぁぁ――! なんなのそれ? ざっと見ただけで百個以上はあるわよ」 「オェェェェェェ――!」
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