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夕暮れで赤く染まる空と湖のように広がるお堀がとても美しく見える日だった。酔ったフランソワーズが、上機嫌になったダニエルに馬車を用意して、彼が乗ってきた馬を従者の一人に乗って行ってもらう手筈をして部屋に戻ってきたところで僕は彼女を抱きしめた。
「今日は最後までいいかな?」
彼女は真っ赤になって狼狽えた表情をしたが、小さくうなずいてくれた。
式の準備は着々と進んでいた。愛のない結婚のはずが、僕の方は一方的な愛に溢れている。
気持ちを伝えたい。でも、彼女の気持ちを聞くのが怖かった。
彼女が抱いていた劣等感は、少しずつ改善しているように思う。フランソワーズのパン屋は開業して、連日賑わっていた。仕切りはフェリックス・ブルックが行っており、フランソワーズはパンの種を仕込みに、毎日1時間は店に滞在し、客の反応を楽しんでいた。
「夫の義務だから……ですよね」
フランソワーズは真っ赤になってそういうと、「アガサに湯を用意してもらいます」と小さな声で言って部屋を出ていった。
――しまった。そんな言葉を使うんじゃなかった。
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