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王子の命を守るために王子に付き添う私は、王子にそんな提案をされたことは一度もなかった。
ただ今は、大好きな人に会いたかった。
私はススで汚れた二番手聖女だ。顔についたススを拭う気持ちの余裕も無く、ロバート・クリフトン卿が準備してくれた馬車で別邸に向かった。母は修道院で良くしてもらって眠っていたので、そのまましばらく預かっていただけることになったのだ。
「こちらをどうぞ」
馬車の中でロバート・クリフトン卿は私に濡れた布を渡してくれた。私がキョトンとしていると、優しい笑みを浮かべて顔をそっと指差す仕草をして、私に顔のススの事を教えてくれた。
私はスキルを使うことも忘れて、ひたすら顔のススを拭った。白い布はすぐに真っ黒に汚れた。
それを見て涙が出た。悔しくて怖くて、情けなくて涙が出てきた。
明け方の空はどこまでも澄み渡り、別邸までの道なりには夏のバラが鮮やかに咲いていた。やがて美しいお堀に囲まれた優美な別邸、ニーズベリー城が姿を現した。
明け方の赤い空を背景に佇むニーズベリー城のお堀の前に王子が従者と共に佇んで、静かに私を待っていた。
馬車がつくと、王子は私に手を差し伸べて馬車からおろしてくれた。こんな事は初めてだった。
「シンデレラ、君が無事で本当に良かった」
私の顔についたススをそっと指の腹で優しく撫でて、王子は私に見せたことも無かった優しい笑顔を見せた。王子の瞳が朝の太陽の下で輝き、私は胸がドクンとした。
「泣かないで。泣くのは僕の前だけにして」
王子にささやかれ、私は自分の目から涙が溢れていることに気づいた。
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