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渡部博文、到着
そうこうしているうちに、渡部が到着する。肌が浅黒く、一見、カッコよく見えなくもない感じもするが、話していると独特のテンポにやられる。いまだに、正夫もこの人物がなんなのかはわからない。ひょっとすると、こうしてこの小説を書いているのも、渡部とは何なのか、ということを書こうとしているのかもしれない。
「どうも。さとさん」
「やあ」
「ところで、これからどうするんですかね」
「うーん。とりあえず、近くのとんぼ商店にゆき、弁当を買って、ここで食べる。それから、ダラダラと歩きながら、市村さんの家に向かうということで、どうだろう」
「いいですよ」
この部屋は、実は渡部の借りていた下宿部屋であったが、正夫が後継者となって、住んでいたのであった。六畳一間で一月、三万円ととても安い。
「ワベさん、久しぶり」
と高田が気軽に声をかける。すると、渡部は顔を顰める。
「高田君ね。僕のことを、ワベさんというのは、やめてくれ」
「えっ、そうなんですか」
「そうだよ。何か、馬鹿にされているような気がするからね」
「馬鹿にはしてないですよ。他の人も言っているんで」
「ワーウェイブって、言わなきゃダメなんだよ」
と正夫が入ってくる。
「ワーウェイブも、やめてください」
「あれ?何か、自己紹介の文章か何かに書いてなかったけ。これからは、ワーウェイブだって」
「あれは、冗談ですよ。これから、僕の時代がやってくるという、願いを込めて書いていたのです」
「時代が来たじゃん」
「いや。全然、来んかったですよ。それは、正夫さんもご存知でしょう。会長になって、散々、叩かれましたよ。特にさとさんにね」
「いや。俺、関係ないだろ」
話がややこしくなるが、三人は、大学の児童文化研究会というさえないサークルに入っていて、渡部は会長にまで上り詰めたのであるが、トンチンカンなことばかりしているので、みんなに叩かれたのであった。一説によると、渡部を会長にして、サークルをめちゃくちゃにしようという陰謀があったのだという。正夫は、流石にそれはないと思ったのであるが、しかし、陰謀説はいつまでたっても色濃かった。結果から見たらそうだったのかもしれない。
色々なことがあって、渡部は突っ込まれ役ということで、定着していた。正夫も、高田も、ほとんど渡部のどこを突っ込めるかということを着眼点に、付き合っていたとも言えるほどであった。
「ま、それはともかく、トンボ商店にゆこう」
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