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ザ・児童文化研究会 福田班長
というわけで、一向は、グダグダ喋るのをやめ、いや、喋りながらも、市村さんの住んでいるアパートに向かうのであった。
「やはり、いつかは、ザ・児童文化研究会という小説を完成させなきゃいけないかもな」
と正夫が呟いた。高田は、
「それは、膨大なものになるでしょうね。サトさんの代、サトさんの上の代、そして、俺や渡部さんの代、を描かなきゃいけなくなりますので、人数は何十人になりますよ」
と言った。
「なるねえ。本当に、壮大なものになるとは思うけど、やらなきゃいけない。いや、面倒だから、この小説の中で、説明しちゃおうかな」
「そっちの方が早いかもしれませんね。ダイジェストみたいな形で」
「そうだな。そうするか」
というわけで、正夫の歩きながらの回想が始まった。昔から、正夫はこういう、ながら回想が好きだったので、二人と会話しながらの回想になるだろう。
まず、ことの始まりは、出っ歯の福田さんという存在だった。彼がいなかったら、正夫は児童文化研究会なんかにいなかったに違いあるまい。ある意味で恩人なのであるが、彼は変な人だった。奔流の如く、話をするのであるが、饒舌過ぎて、言ってはいけないことを口走ったりするのである。
「僕がこの班をまとめようと、こんなに苦労しているのに、みんな、わかってくれないんだよ」
とか余計なことを言ってしまうのだ。それを聞いている同僚が激怒する。そして、また落ち込む。この繰り返しであった。
しかも、その当時、
「福田いい加減にしろ!」
という空気がサークル内に溢れていた。話がややこしくなるが、児童文化研究会というのは、三つのセクションに分かれていて、創作、人形劇、児童班と、それぞれ活動していたのだ。
その中の創作班に、この三人はいたのだ。渡部は一代下、高田は二代下、ということになる。で、創作班の班長である福田班長は、とても嫌われていた。
これも原因があるのであるが、どうも、福田さんの上の代が二つに分かれていて、福田さんの派閥があって、それに対抗してもう一つ、人形劇班、児童班の派閥と、分裂状態だったのだ。
だから、その勢力闘争の結果として、もともと仲が悪かったのであるが、福田さんには、人望がなかった。創作班内部でもブチブチ文句を言われていたのであった。本来なら、正夫が福田の鞄持ちにでもなって、創作班を盛り立てようということになるのだろうが、そんな気は毛頭なかった。
それよりも、市村さんという、これからアパートに向かう別の先輩と仲良くなって、彼の部下というか、親友みたいなものになってしまったのだ。孤立した福田は、のちの送別会で、変なギャグを見せる。
「あらまあ。奥さん。こんなところに、もやし炒めがありますわよ」
というと
「ムシャムシャ」
と食べたのだ。どうやら、これが芸みたいであった。
この時、その場にいた人たちは、沈黙に包まれた。誰一人として、拍手もしないし反応もしなかった。中には、怒り出している人もいたくらいである。
正夫たちは、ワンテンポ遅れて
「ワーイ」
と爆笑したのであるが、それは滑り芸ということであった。これほど、人望がないのも珍しいと思う。一発芸が、つまらないということもあるのだろうが、前世で何か悪いことでもしたのではなかろうか。
「あの福田さんの一発芸は凄かったよね」
と正夫が言うと、高田は覚えていなかったようであるが、渡部は覚えていて大爆笑した。
「ど、どうしたんだよ。渡部」
「いや。すみません。あの時の福田さんを思い出しちゃって、歯を剥き出しにして白目を剥いていたから」
「あの人すごかったよな。俺に劇の訓練だ、とか言って、屋上で、発声練習みたいなことしたんだけど、
『あのひはあ、とってもう、寒、かったあー』
って、間が独特な上に、出っ歯だから唾が飛ぶんだよ」
とモノマネをすると、渡部がさらに笑った。
「福田さんネタ好きだよな。渡部は」
さて、回想は続く。
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