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「え、わ、いいよ麗奈」
麗奈が正樹を睨み、弥生が慌てて止めようとしたが手遅れで、正樹はくるりと弥生を振り返った。
「ありゃ、速かった? ごめんね佐竹さん」
「え、いや……――あ、名前」
正樹に名を呼ばれ、弥生は覚えられていたことに驚いたらしく、目を丸くした。共にゲームはしたものの、弥生はまだ自己紹介をしていないのだ。
正樹はそれに対し自慢気に胸を張った。
「ふっ、俺クラス全員覚えたもんね! な、稲崎、こないだ四十人の名前暗唱してみせたよな、俺」
「そうだっけ。えーとお前、田中?」
「ちょ、それはないよゆうちゃん! やめてよ悲しくなるから!」
「ゆうちゃん言うな。知ってるって、杉山……じゃなくて杉田だろ」
「杉元だから! 俺杉元だから!」
「だそうです」
裕が真面目腐った顔で弥生の方を向く。
「あっ、はい」
突然水を向けられた弥生があたふたと頷いた。
「す、すぎもとくん」
「おう。よろしく」
正樹があまりにも自然な動作で右手を差し出す。
握手という行為に不慣れな弥生は(そもそも日本人にそういう習慣はあまり無いが)、麗奈と正樹の顔をせわしなく見比べながらおろおろと右手を出した。
正樹はあたふたする弥生の様子を気にも止めずに、がっしりと弥生の右手を掴み、ぶんぶんと上下させる。
今まで友人と呼べる人がほとんどいなかった弥生には衝撃が大きかったのか、弥生は真っ赤になって小さな声で「よろしく」と返していた。
ようやく弥生も高校生活の新しい一歩を踏み出せたのだろうか。
しばらくベンチで休んだ後、(満遍なく振られて噴出した炭酸ジュースの中身は、結局正樹本人に降り掛かった)各々が各々の家路についた。
弥生も今度は笑顔で帰っていったことに、麗奈は心から安心した。
弥生を三鈴川の橋まで送っていった帰り、麗奈は裕と萩に挟まれてのんびりと河原を歩いていた。
「あー楽しかった!」
「またやりたいね」
「次こそは宏をサシで負かす」
「無理だよ」
麗奈が笑うと、裕は拗ねて口を尖らせた。
「やってみないとわかんねえだろ」
「無理無理」
「黙れ」
麗奈を挟んで、裕が萩を睨む。
萩は茶化すように舌を出し、大股一歩、裕から距離を取った。その時、恐らく無意識にポケットに手を入れたのであろう、ふと何かに気付いたように下を向く。
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