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「雨も強いし風も吹きだしたから危ないよ」
「じゃあ、どうしろって?」
もちろんこんな疑問はある。簡単に帰る方法なんてそうはないのだから。
「傘、入って行きなさい。今日はバスで帰って。今度晴れたら自転車を持って帰ったら良いじゃない」
さも当然のようにかたるけど、これには僕は憮然とした表情をとるしかない。だけど、そんな顔を見て姉ちゃんは少し笑って「照れてんの? 昔は良く相合傘で帰ったじゃない。なんなら手を繋いで帰ったのもそんなに昔じゃない」なんて楽しそうにしている。
「だから、自転車通学してんのに!」
つい本音を話してしまった。中一男子たるもの三年の女の子と全く同じ通学経路を辿るのは気が引ける。大勢の人がそうしているのならしょうがない。だけど、僕たちは生徒の少ない学校で、全く近くに他の生徒がいない所から通っている。姉弟じゃないんだから。
「そんなことを気にしてるの? チビスケと通学するの楽しかったのになー」
まだ姉ちゃんは楽しそうに笑っている。だけど、姉ちゃんは僕を見つめて「もうそんなのも終るんだから」と寂し気に答えた。
姉ちゃんはもう進学してしまう。小中は同じ学校だったけど、高校まではない。この地域では時折長距離通学もいるけど、基本寮に入るのが通常で、特に僕たちは寮以外の選択肢はないくらいのところに住んでいる。
こんな話をしている合間にも雨の音は強くなってやむ気配はない。そんな空を見て僕はため息と一緒に観念した。
「ホラ! 姫の傘を持ちなさいよ。男の子!」
楽しそうな笑顔になって僕に傘を渡そうとしている。その姿はとても美しい。
不貞腐れた印象を残してもちゃんと傘を持って、姉ちゃんと並んで歩く。走り去っていく小学校低学年のガキンチョが「熱いねー」と茶化している。これが僕は苦手なのに「走ったらこけるよ」と姉ちゃんは平然としていた。
知った顔とすれ違うのはとても辛い。誰もが微笑ましく眺めて、小学校高学年の女の子たちからは羨ましそうな眼差しがある。だから僕は少し歩きを速めていた。
急に傘を持っている手が暖かくなって「コラ。走るな」と姉ちゃんが傘と一緒に僕の手を掴んでいる。その時の僕の顔は赤くなっていた。
「気にしすぎなんだよ。チビスケは」
いつものように笑っている彼女の笑顔が、雨で煌めいているみたいで天使のように見えていた。
やっとバスに乗ると僕はすかさずひとり掛けの席に座る。郊外行きのバスに客は他にはいなかったけど、姉ちゃんから離れたいから。
でも姉ちゃんは「逃げんな」と一つ後ろの席に座って、僕のあたまをワシャワシャとする。
「子供じゃネーんだから」
そんな風に姉ちゃんの手を払って窓の外を見る。
すると姉ちゃんはまた少し寂しそうな顔になり「こんな風にふざけられるのはもうちょっとなんだよ」って言うので心がチクリと痛む。
僕たちは無言でバスで運ばれ段々と山間に進んで家から最寄りの停留所に着く。それでもまだ家までは距離がある。周りに集落はあるけどお互いの家はこの場から離れたところなのでまだ傘で寄り添って歩き話す時間は十分なくらい有る。
「チビスケは寂しくない?」
静かな道を歩き始めたときの姉ちゃんからの言葉で、横を向くと普段の笑顔はない。
「姉ちゃんは寂しいのかよ?」
少し茶化して笑わせてやろうと思っていた。多分姉ちゃんも笑いに繋げる返答をするつもりだろうから。
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