傘ちかい

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「今日雨が降ってるかな?」  それから僕は自転車通学を辞めバスにした。もちろん理由は姉ちゃんとの時間を守るため。そして木の下でのお喋りは僕たちの日課になって天気の悪い日なんかはこんな言葉がどちらかとなく舞う。  交際は順調に進み、姉ちゃんは悠々と受験に合格して北高に進む。別れになるけどその頃には心は傍にあった。 「また二年待ってるからね!」  卒業の日、もうバスで毎日一緒になることも、学校で会うこともない。だから寂しい筈なのに姉ちゃんは笑っていた。  僕はその約束を必ず守ろうと思って、学年が上がると勉強に打ち込む。だけど二人の時間は全くなくなった訳じゃない。北高だって車で一時間ほどのところなので寮生活している姉ちゃんも時折家に帰って僕と会う。そして僕も北高の近くまで会いに行くのも多々あった。  一年半が過ぎるともう僕は受験生そのものになって「志望校はどうすんの?」と親に言われると「北高」と当然に答えた。もうその頃には僕の学力もどうにかなっていて反対する人間はいない。 「合格おめでとう。待ったかいがあったな。これでまた一年は同じ学校だ」  僕の合格発表の日は姉ちゃんは家に戻っていた。そしてあの木の下で待っていてくれて一番に祝福してくれる。 「一年ぽっちなんだな。また姉ちゃんが先にいなくなる」  まだ合格したばっかりなのに、僕はまた別れの季節があると思って落ちている。その顔を見て「大学も一緒のところにすれば今度は二年だよ」と姉ちゃんは笑っていた。  それも悪くないと思いながらも「進路は考えないの? 姉ちゃんもなりたい職業とかあるでしょ?」と一応、念のため聞いてみる。  聞くと姉ちゃんはちょっと悩んでた「うーん。なりたい職業ってのは、あるんだけどね」ちょっと言いにくそうに話してるので「彼氏に話してみ?」とあの頃とは違った印象をつけたく聞いてみると「チビスケのくせに」と言われる。姉ちゃんと僕の関係はずっとこうなんだろう。 「幼稚園の先生になりたいんだ。そうなると最低でも短大、でもこれだとチビスケと同じ期間は通えない。四年制にすると、近くに学校がない。また追いかけてくれる?」  ちょっと不安そうな姉ちゃんの言葉に「どうだろうか? だけど、なりたいんなら目指しなよ」と話した。  簡単に「追うよ」と答えても良かったんだけど、もう僕にも考えはあったからそう答えた。それを叶えるためにも「あのさ、相談」と言うと「ん? どうした?」とキラースマイルが僕のほうを向く。 「親たちに付き合ってるって紹介しない?」  笑ってる姉ちゃんの顔がさらに嬉しそうになる。単純に彼氏彼女の紹介じゃない。とても近所の、それも他に子供がいない集落の二人が付き合っているという報告は、それなりの覚悟があるという宣言に近い。 「今日は雨が降りやまない。傘が必要だ!」  とっても嬉しそうに晴天の空の下で姉ちゃんはいつも持っている折り畳み傘を取り出した。クスリと笑い「そんなの要らないんじゃない?」と僕が聞くけど「これは必要」と姉ちゃんは譲らなかった。  親への紹介はハードルの高いものだと思っていた。それは、でも、僕たちだけだったみたい。  姉ちゃんの家に向かった僕たちが恋人付き合いをしていると姉ちゃんの両親に告げると「知ってる」と答えられた。  良く考えたら集落までの一本道の木の下で度々二人でいる姿を目撃され、こんな年齢まで親しいと近所の人たちまで有名だったみたい。  もちろん僕の親に紹介しても「やっと話したか」程度のリアクションしかない。これには「あたしらってバカみたい」とこれまでひみつにしていたつもりだったのを姉ちゃんは楽しそうに笑っていた。  非常に簡単に、そしてご近所仲睦まじく「よろしく」と良く知っている恋人の親に言われた僕たちは、親や近所の人たちに「わかって黙ってたのか」と逆に少し呆れていた。 「それでもだ。こんな数件しかないところで、好き合うなら未来のことを考えろよ。適当に別れても彼女の実家はお前の近所なんだからな」  僕が姉ちゃんを家に送って戻ると父親にこんな真剣なことを言われたが「わかってる。考えてるから」と軽く返す。  両親や近所の人たち公認の恋人になった僕たちだけど、半年も過ぎるとまた姉ちゃんが受験生で忙しくなる。 「やっぱり遠くても四年制にしておこうか。チビスケも二年一緒になれるし」  まだ姉ちゃんは進路のことを悩んでいた。もちろん話しているのは家に戻った木の下で、今日は夏の雨。 「短大でも構わないよ。遠く離れた二年は寂しいでしょ?」  四年制大学だと確実に県外しか選択肢がなくて、そうなるとこの二年間はかなり会える時間が少なくなる。それもあって答えた僕の言葉に「だけど、それじゃあ」と不服そうに姉ちゃんは膨れていた。寂しがるのは僕のほうじゃなくて姉ちゃんだ。  そんなのもわかっていた僕は「高校卒業したら、俺は就職するよ」ともう随分と考えたことを話し始める。 「残り二年だけ。それ以上は姉ちゃんを待たせないよ。お互いが就職が一緒の時期になる。それで落ち着いたら、結婚しよう」  青々と茂っている木の葉を打ち付ける雨音に負けないくらいに、言葉は発してないのに騒がしく姉ちゃんが喜んだ。 「じゃあ、進路と今後の話をしに帰ろう」  傘は一本で僕たちは家に戻る。こんな日常が二年後には待っているのかもしれない。  雨上がりを普通の人なら待っているのかもしれない。だけど僕たちは願ってない。だって雨は近付ける理由なのだから。  話はとおり姉ちゃんは県内の短大に進んで僕は高校で学びながら就職を目指す日々になった。少し寂しい。けど待っているのは明るいだけの次に。
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