大人の事情がありまして。

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大人の事情がありまして。

「……な、何してんですか」 「何、とは?」 「うわぁっ、喋った!」  「……」  彼は一体、何にそんなに怯えているのか。  確かにあれだな。  先に部屋に入っていたのは良くなかった。暗がりの中、ぽやんと突っ立っていたのも。  居住まいを正す。彼は怯えているというよりも怒っているように見える。狭い部屋で向かい合っているから、ちょっと居心地が悪い。  ――そもそも、どうしてここにいるんだっけ?  初めから、何かが足りないような気はしていた。  さっきまで自転車に跨っていた。酷い雨の中、国道を爆走していた。  レインコートの意味が全然なかった。  顔に当たって痛いぐらいの雨だった。  とにかく帰路を急いでいた。  で、そうだな、事故ったな。それで結構吹き飛ばされた。きちんと自転車用道路を走っていたつもりなので、悪いのは当たってきた乗用車のはずだが、結果としては最悪の事態というわけだ。  なるほどね。 「身体、透けてますけど」  不意に彼が言った。  
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