大人の事情がありまして。

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 彼が目を見開いて驚いている。  そこまで驚くことか。    まあそうなんだ。ここには二度と来るつもりも、来て何か言うつもりもなかった。  思い出さないようにしていた。記憶に蓋をしていたんだ。  いい思い出になりました、有難うございました、とそのベッドの上で彼が泣いたから、そのまま綺麗な箱にヨイショと詰めて、リボンをかけて心の隅に置いておいたんだ。  ベッドのぬいぐるみは、床に置いたクッションの上に座らせたな。その時は彼も笑ってたんだが。  今は泣きそうな顔をしている。  大雨の中、体がボンネットに叩きつけられたことはきっちり覚えている。痛かった。  どうせ人生終わるならと投げやりに思ったことも。やり残したことが有り過ぎると後悔したことも。  何も残していなかったわけじゃない。あの瞬間に全部壊れてリボンも解けて、いつかの気持ちと繋がってしまったんだろう。  そうだ、今が。  多分、魂が抜けた。  死んだ、と思ったから、最後に一言、言いに来たんだ。
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