正直言って、それはない。

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「気が合わない、とは思ってんだけど」  さっきのゼミでの議論のことだ。互いに言い負かそうとしたわけでもないのに教授も周囲もドン引く言い争いになった。 「どうも、おまえと話してると冷静でいられなくなっちゃうんだよね」  地平線に太陽が引っかかっている。  西日の所為で彼の顔の半分が赤い。 「そんな話なら、もう帰るよ」 「冷たいんだよね、基本」  目の前の男が岩場から砂浜に降りるのを見下ろしていた。砂浜について行けば、今履いているスニーカーに砂が入るだろう。  それに……。  別の方向に向かおうと更に岩場に上がり、元来た方向へ戻ろうと彼に背を向けたところで、 「付き合って欲しいんだけどッッ!!」  振り返ると、彼は真っ直ぐこちらを見ていた。西日で酷く赤くなった方の手を翳して口元にやっていた。 「どこに」 「そうじゃなくてッッ! 好きだよッッ!」 「……」    ところで、今はゼミの合宿中だ。  他全員、買い物に行くと言ってホテルを出て行った。  面倒で部屋に留まったのだが、暇だったので一人で外に出てきた。  岩場で本を読んでいたところに、やって来たのが彼だった。  彼と話していると喧嘩になるので物理的な距離を取ろうとしていた矢先。 「……ッ」  急に何ほざいてるんだ!  ホテルに向かって、岩場を転がるように走った。実際に何度も転んだ。後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。 「つ、ついて来るなッッ」 「逃げるなよッッ」 「いや、それは無理……」    最近見たゾンビ映画を思い出した。  怖い。簡単に追いつめられそうで。  急いでホテルに入る。従業員にぶつかりそうになりながら、廊下を走る。エレベーターは密室なので、五階まで階段で駆け上がった。 「はぁ……、はぁ……」  息を切らしながら、部屋に着いてカードキーを当てると、壁ドンされた。 「ようやく捕まえた。何で逃げるんだ。ちゃんと話そう」  扉が開く。そもそも三人部屋の同室なのだから逃げられない。 「目の前にいるのにいつまでも気持ちが届かないなんて拷問だよ。もう我慢しない」 「や、やめろ……」  頭がくらくらした。全身が、海の中に揺蕩う海藻のようにゆらゆらとし始めた。  参った。本当に。一体いつから。 「動けなくなっちゃった?」  当然だ。少しでも心を動かせば届いてしまう。何故なら願っていた感情が、  そこにあるから。   「どうしてか教えてあげるよ。それはおまえが俺のこと好きだからだよ」  だから、ここは三人部屋だと言うのに。  了
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