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えんぴつの届け先( )
好物の甘酸っぱい実に似た赤色を見つけたのは、森に棲む幻獣だった。
懐かしいような気配に覗き込んでいると、人の子らが、互いに追いかけ合いながら目の前に転がり出てきた。
かつて幻獣たちにとって人は道端の草のような存在だった。踏み躙っても気にもならないが、煩わしければ刈り取るような。
けれど今は、特にこの魔法伯家の領地では、人と幻獣は隣人である。
「これは何か知っているか?」
問われた兄妹は緊張しながらも怯えずに、ひと抱えもある赤い何かを探った。
「これ、鞄です。何か中に入ってます」
「できれば持ち主を見つけるといい。きっと大切なものだ」
兄妹は鞄を家に持ち帰り、両親と一緒にそっと中身を確認した。妹は子猫の腹のように柔らかな人形に夢中になり、兄はぎっちりと詰まった中身にうかつに触れず困った顔をした。
「あ、この隙間にも何かある……鉛筆だ!」
この前集落に来たコセキを作る役人が、魔法伯は子供には無条件で与えよとおっしゃるのだと、皆に一本ずつ配ってくれた。
だから兄妹も、それぞれ鉛筆を一本持っている。
鉛筆といえば、魔法伯様だ。
一家は元通りに鞄の蓋を閉じた。
一家の父親が大きな町まで鞄を届けることになった。
人は隠れ住んでいた岩山や谷から少しずつ離れ、幻獣と相談した決まり事に沿って道や畑、そして町を作っている。町で食べ物や道具を買えるのも、堂々と頭上を遮るものがない道を歩き、大きな声で笑えるのも。
すべて魔法伯のおかげだ。
大きな町の役所で赤い鞄を見せても役人たちは困惑顔だったが、役所の長がやってきて、はははと笑った。
「どう見ても普通の品じゃない。お届けしてみて、違っても、魔法伯様は叱ったりはなさらないさ。さて、届けてくれた功労者の名前をここに。おや、もう子供の名前は書いて来たんだな」
長は父親が持参した木皮紙を受け取り、たどたどしい筆跡に並べて父親の名を鉛筆で書くと、赤い鞄と共に預かった。
折しも、魔法伯の屋敷へ息子を奉公に出す前の日だった。
導くような不思議な縁だ。息子はきっと、大役を果たしてくれるだろう。
青年は、大きな屋敷の門前で一度足を止めた。
静かに門から覗くと、見通しの良い庭がある。そこを駆け回るおそらく魔法伯の子供たち。見守る使用人たちと――幻獣たち。
青年はやがて覚悟を決めて、人と幻獣の共存する庭へ入り挨拶をした。快く屋敷へと案内される前に。
「預りものがございます」
青年が両手で掲げた鞄が、日差しにきらりと煌めいた。
黒髪の小さな妹が、兄の手をすり抜けて走り寄ってきた。
青年にこんにちはと挨拶をして、目をキラキラさせながらも手を触れず、あちこちから鞄を眺める。
と思えばくるりと踵を返して、屋敷の方へと猛然と走り出した。かけ足、速い。
「おかあさーん!」
気安い呼びかけに青年は驚いたが。
兄も使用人たちも、幻獣たちも、皆微笑んで見守っている。
真っ直ぐな呼び声には、必ずいつでも、声が返るから。
「おかあさん! すごく綺麗な赤い鞄が届いたよ! ねえ、早くきて!」
<結>
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