いい子

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いい子

「食器とかはあるのを使うとして、服やら歯磨きやら買ってきたらいけるかな。レインくん、何か欲しいものある?」 クキが家にある物を確認しながらレインに話しかける。 「え?え〜と、大丈夫」 レインは落ち着かない様子でソファから返事する。座ってはいるが背もたれにももたれず、所在なさげな姿がそこにはあった。 「なら、俺は部屋の用意をするか。1人部屋のほうがいいだろう?」 「え?」 トーカが客間へ向かいながら話しかけると、レインの戸惑う声が聞こえた。 「どうした?1人だと不安かい?誰かと一緒の方がいいか?」 「いえ……お部屋、使っていいんだと思って……」 申し訳なさそうにするレインの頭に、トーカは優しく手をのせる。 「余っている部屋だし構わないよ。ゆっくりできる空間が必要だろ」 「俺はずっとお前と相部屋だったけどな」 ヒスイが横から苦情をいれる。 「お前は事情が事情だったでしょ。俺はアジトにいないことも多かったし、いいじゃない」 ヒスイをあしらいながらトーカはレインの頭を撫で続ける。 「ああ。可愛い。この感覚懐かしい。ヒスイはすっかり生意気な大人になってしまったから。1日だけでも出会った頃に戻ればいいのに」 「なに子育て終わった親みたいなこと言ってんだよ」 「同じようなもんでしょ。あ、ならレインは孫になるのか。孫って可愛いね〜」 トーカが延々に撫で続けそうなのでヒスイが止めに入る。レインはボサボサになった頭でずっと困った顔をしている。 「なんか。ごめんな。騒がしい大人達で」 クキが買い出しに行ってる間にトーカとヒスイで夕飯を作る。レインはずっとソファで固まったままだが、緊張するのも無理ないだろうとそっとしておいた。 「さあ、食べようか。口に合うといいけど」 トーカの合図で4人でテーブルに座り夕飯を取る。レインは一口食べて微妙な顔をした。 「やっぱりまずかったか⁉︎トーカが作ったからか!」 「いや、お前も一緒に作ったでしょ」 ワタワタする大人達にレインは慌てて言い訳する。 「いえ、食べ慣れない味で驚いただけです。美味しいです」 そう言ってパクパク食べ切ってしまった。だが、無理をしている様子に3人は複雑な想いを抱いていた。 「えっと。お部屋使わせてもらいます。おやすみなさい」 「うん。おやすみ。ゆっくり休むんだよ」 レインを部屋に連れて行き、ヒスイはグッタリとした様子でリビングに戻ってきた。 「お疲れさま。お茶淹れてあるよ」 クキが微笑みながらカップを置いてくれる。 「ありがとう。なんか……いい子なんだけど、どうしていいかわからなくて疲れるな」 「お前は反骨精神満載だったものね」 「黙れ。不審者」 「あら、酷い。その不審者に助けられたくせに」 ヒスイは疲れのストレスをトーカへの八つ当で発散しようとするが、逆に疲れそうなので早々にやめた。 「食事も。たぶん美味しくないの無理して食べてたよな。やっぱクキに作ってもらったほうが良かったかなぁ」 「やっぱって何だね。やっぱって。食事はたぶんここの料理が合わないんだろう。地上の田舎から来たなら新鮮な物を食べてたはずだからね。そうだ。アルアに連絡してラボの野菜を持ってきてもらおう」 トーカはすぐに通信機でアルアに連絡を入れる。 「本当の孫みたいな甲斐甲斐しさだな」 「トーカ絶対喜んでるよね〜」 「俺はどうしていいかわかないよ。いきなり保護者とか言われても」 ソファにのけぞり天井を仰ぐ。 「クキ〜。俺が来た時どんな気持ちだった?」 「う〜ん。俺は嬉しさの方が大きかったかな。可愛い弟ができた!って。トーカも戸惑いはあっても喜びのほうが大きかったんじゃない?」 通信機で話すトーカを見ながらクキがウインクする。 「俺はまだそこまでになれないなぁ」 「まあ、初日だからね。ヒスイくんも今日は早く寝ようか」 よしよしと頭を撫でられる。久しぶりに出た癖に『俺は今は撫でる側なんだけどな』と思いながら、素直に部屋に行くことにした。 「おはようございます」 翌朝。部屋に1人になり緊張が解けたのか、思ったよりグッスリ寝てしまったレインが部屋からでてきた。他の3人はすでに起きて朝の支度をしている。 「ごめんなさい。遅くまで寝てしまって」 「いいよいいよ。疲れてたんでしょ。よく寝れた?」 「はい。ありがとうございます」 皿を並べながらクキがこっちにおいでと手招きする。席に着くとトーカがサラダを運んできた。 「おはよう。レイン。朝一で採ったものだから美味しいと思うよ。食べてごらん」 連絡をもらったアルアが朝一でアジトから運んできてくれた野菜だ。アルアは用事があるからとそのまま帰ってしまったが、「鍛えがいのあるヤツなのか、今度見に来る」と冗談なのか本気なのかわからないセリフを残して帰って行った。 「いただきます」 レインがトーカに勧められてサラダを食べてみる。今まで食べていたものより味は薄いが、新鮮で美味しかった。 「おいしい………」 思わず笑顔が溢れると、トーカがヨシっとガッツポーズした。 「ほら、俺の言った通りだったろ。でも毎日アジトからは持ってきてもらえないしな。家庭菜園でもしようかな」 「孫バカはそれくらいにしろ。レインが困ってる」 調子にのるトーカをヒスイが止める。 「戸惑わせてばっかでごめんな、レイン。でも野菜は気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。ここの食事は合わないものもあると思うから、無理して美味しいって言わなくてもいいんだぞ。まあ毎回美味しいものは出せないかもしれないけど」 苦笑いのヒスイに、レインはまだどうしていいかわからない様子だ。 見かねてクキが助け舟を出す。 「とりあえず、みんなご飯食べちゃおっか」 食事の片付けが終わったタイミングでソラとルリが来た。 レインは「片付けくらいはします」と手伝おうとしたがゆっくりするよう言われ、またソファで固まっている。 レインの相手はクキに任せて部屋に行かせ、トーカとヒスイでひとまず話を聞くことになった。 「いくら本人が希望しているとはいえ、保護者に連絡しないわけにはいきません。レインに聞いて家を探すことになりました」 「おじさん達の反応次第では、一度レインを会いに行かせることも考えないと。なので、それまでは地上地下のことは伏せてでお願いします」 ルリとソラによると一緒に捕まった人は無事地上に帰せたので、近くを探せばレインの家も見つかるだろうとの話だった。 「じゃあ、しばらくヒスイは仕事休みにしようか」 「まあ、それは仕方ないな。アジトにも帰れないって連絡するか。けど外にも連れださないほうがいいんだよな。可哀想だが」 「あまり地下の情報は与えないほうがいいからね」 4人ともやるせなくてため息をついた。いきなり知らない土地へ連れてこられた少年の心労を少しでも減らしたいのに、現実は制限しないといけないことばかりだ。 とは言え、落ち込んでても仕方ない。ルリが「とりあえずレインに説明しに行きましょうか」と言って全員で部屋へ向かった。 レインはクキとカードゲームで遊んでいるところだった。話をすれば意外にも冷静に聞き、家のことも教えてくれた。 「あの……どうしても家に帰らないとダメなの?」 「やっぱり無事なことは伝えないとね。そんなにおじさん達に会うのはイヤかな?」 家に帰るとなるとレインはどうにも歯切れが悪い。酷い目にあわされていた感じでもないが、心配してソラが尋ねた。 「イヤではないけど、迷惑かけるかもしれないし……」 大人達は何とも言えない気持ちになる。思えばレインはずっと、謝ったり迷惑かもと気にしたり。いい子なのだが、どうにも周りを気にしすぎていて気持ちが見えてこない。 「会いたくなければそれでもいいんだ。ただ選択肢は多い方がいい。おじさん達に会えるようにはするけど、あとはレインの気持ちを一番優先してくれたらいいよ」 レインの負担にならないように、優しく言葉を選んでソラは話す。気持ちは伝わったのか、レインは頷いてくれた。 「じゃあ、俺達は戻るのでレインのことをお願いします」 4人の生活は穏やかなものだった。 外に出れないレインのために、クキやトーカは室内の遊びを色々仕入れてきた。もともと  働き者なのかレインはよく手伝いをしてくれ、することがないのは暇だろうと3人も色々お願いしていた。 ただ食事を明らかに無理して食べていたり、疲れているのに家のことをしようとする姿には、3人ともどうにかしなければと悩んでいた。 そんな中でレインが熱を出した。 「慣れない生活のせいかな。寝ていれば治ると思うけど」 クキが体温計を見ながら心配そうにレインの額に手を当てる。 「ごめんなさい………迷惑かけて………」 苦しそうにしながらも自分を責める言葉に、ヒスイの拳にピクっと力が入る。 「迷惑なんかじゃないよ。色々あったんだ。体調だって崩すさ。今はゆっくり寝ていなさい」 トーカはそう言ってヒスイを連れて部屋を出る。クキも「いるものがあったら何でも言うんだよ」と言いながら、後に続いた。 リビングに戻った後、ヒスイは怒りを滲ませた顔で他の2人を見た。 「トーカ。クキ」 「はいはい」 「何かな」 2人はヒスイの考えはお見通しだと言わんばかりにノリノリで返事する。 「ちょっと俺は、良い保護者にはなれそうにない」 そんなのわかってると2人はただただ頷いて聞いている。 「12歳の子供が。訳も分からず知らないところに連れてこられて、家に閉じ込められて、熱まで出したのに謝ってるなんて俺は許せない」 この7年で鍛え上げられた拳に力を込める。 「だから今から俺が言うことに協力してくれるか?」 トーカとクキは久しぶりに保護者の顔に戻っている。しかもとても嬉しそうだ。 「協力するしかないでしょ。お前は言い出したら聞かないからね」 「クキさんはいつでもヒスイくんの味方だよ」 2人の返事を聞いて、ヒスイは怒りの顔からイタズラを考える子供の顔に変わった。 そうして大人達の悪巧みは始まったのである。
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