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勝手に決めないで
レインが残ることになり、クキもトーカも大喜びしている。
玄関での一連のやりとりが終わった後、ソラとルリが来て今後について話し合うことになった。
「一度はおじさん達に会ったほうがいいと思うんだけど」
「うん。僕もお世話になったお礼は伝えたい」
ソラの提案にレインも同意する。
「なら、とりあえずは家に帰ってこい。その途中で不思議な物を見ることもあるだろうけど、ここに戻ってきたら全て話すから」
ヒスイは地下のことも自分のことも全て話す覚悟を決めていた。それがレインに対する自分の役目だと思ったからだ。
レインは地下に連れてこられて初めて目覚めた場所に来ていた。ほんの数日前のことなのに、随分前のことのように感じる。
エレベーターに乗る前にソラが色々と説明しようとしてくれたが、「ヒスイに聞くからいい」と断った。
小さな箱のような空間に入れられ、突然上からの圧迫感に襲われたレインは『これが秘密の一部なんだろう』と自然と納得していた。
地上に出ると目を開けていられないほどの眩しさを感じた。久しぶりの大地は懐かしさに加えて、少しだけどこか他人のような顔を見せてくる。
「良かった。無事で本当に良かった」
おじとおばはレインの姿を見ると涙を見せながら抱きしめた。
詳しい内容は隠しながら、誘拐されたこと、助けられた先でお世話になった人達と一緒に暮らしたいことを伝える。
初めは反対しようとしたおじ達だが、レインの生き生きとした表情を見て最後は納得してくれた。
「今までお世話になりました」
「ここも君の家なんだからね。いつでも遊びにおいで」
「………ありがとうございます」
自分で閉ざしてしまっていたおじ達の優しさを、やっと受け取れた気がする。やっぱり会いに来て良かった。レインは最後になるかもしれない故郷に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「レイン君の今後についてはまた話し合いましょう。今日はゆっくり休ませてあげてください」
レインを隠れ家に送ってきたルリは、気づかいながらも今後について色々と考えていた。
ソラは屈んでレインと目線を合わせながら「頑張ったな」と笑っている。
2人に礼を言って別れを告げると、クキがタオルと着替えを持ってきた。
「とりあえずシャワーを浴びてスッキリしてきたら。その間にご飯の用意をしとくよ」
だが渡された着替えを受け取らず、レインはヒスイの腕を掴んだ。
「約束。全部教えてくれるって」
真っ直ぐ見てくるレインにヒスイがたじろぐ。後ろではトーカが「昔の誰かさんみたいだねぇ」と笑っていた。
「家に帰る時に、小さな箱みたいな物に乗っただろう?」
「うん。上から見えない力で押されてるみたいだった」
「あれに乗って、お前は今いる所よりはるか上にある世界に行ってきたんだ」
ヒスイが天井を指差す。レインの頭にハテナは浮かんだ。
「つまりお前の家があるのは、今いる世界の上に存在する世界なんだ。俺達は地上って呼んでる」
「あ、ソラが言ってた。上に帰すって」
レインの中で何かが繋がった。それを見て、説明を続けられそうだなとヒスイは判断する。
「ちなみにこちら側は地下と呼ばれている。もともと人は地上に住んでたんだけど、災害を避けるために地下に逃げた。その時に地上に残された人もいるので、人の住む所が2つに分かれたんだ」
『災害』の2文字にレインの顔がこわばる。両親のことを思い出したのだろう。
「今日は疲れてるだろうし、続きは明日にするか?」
「……ううん。全部聞きたい」
太ももの上で握った手が震えている。ヒスイはレインの心に負担がかかり過ぎないように、言葉を選んで話を続けた。
「地下には災害に晒されず培われた様々な技術がある。地上には大地の恵みがある。世界が2つに分かれているのを知ってるのは地下の一部の人間だけだが、両方を行き来してそれらを交換して双方に利益を生んでいる」
一部の人しか知らないことを、なぜヒスイが知っているのか。ふと疑問がレインの頭を掠めるが、次の言葉でかき消された。
「だが時々地上から人を連れてきて奴隷にしたりするヤツがいる。だいぶ減ってきてはいるんだが。それに地上の恩恵だけを受けて、災害を地上の人に押し付けているのを隠している状態だ。お前の目にそれがどう映るのか。どう感じるのかは、きちんと自分で考えて欲しい」
ヒスイは真剣だ。地上の人間であるレインが地下に対して抱く想いを、都合よく歪めてはならないと感じているのだろう。
「………」
レインはどう答えていいかわからない。
誘拐されたことは置いておいて、急に地上の人達はみな被害者のように言われても実感が湧かない。
「ご飯できたよ。とりあえず栄養補給したら〜」
クキの軽い声に、いったん全員食卓へ移動した。
いつもは明るい話し声が飛び交う食事の時間が、今は重苦しい空気に支配されている。
ヒスイはレインに「自分で考えろ」と言ったからか何も話さない。トーカとクキは余計な口を挟めないので沈黙するしかない。
結果、望まぬままに黙食が続いているのである。
「………美味しくない」
レインの一言が沈黙をやぶった。
「え?あ、そう?別のもの用意しようか?」
今それ?と思いながらクキが料理を変えようかと提案する。だが、それを無視してレインは話し続けた。
「前の家ではいつも新鮮な物が食べれた。空だってこっちは色が濁ってるし、空気も澱んでる。ヒスイは地上の人は残されたって言ったけど、自分の意思で残ったのかもしれないよ」
流れるような言葉の波に、他の3人は反応できない。それでもレインは気にしていない。
「だから勝手に決めつけて、僕たちを被害者にしないで」
『………ああ、この子のことをどこかで侮っていたんだな。子供だからと。何も知らないからと』
それは相手に対してとても失礼な事なのだと、目の前の少年は教えてくれた。
「………レインの言うとおりだな。悪かった。………言ってくれてありがとう」
ヒスイのかたかった表情が優しい微笑みに変わる。
「もう少し話したいことがあるんだ。食べ終わったら聞いてくれるか」
「………うん!」
レインは笑顔で食事を再開した。
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