大地の子

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大地の子

少年が目を覚ます。 見えてきたのは知らない天井。 白く明るいそれを見ながら起きあがろうとするが、体が重くてなかなか動かない。かろうじて動かせた首を回して周囲を確認する。 左右に知らない人間が仰向けに並べられている。眠っているのか目は閉じられていた。 それを見て自分も仰向けに寝かされていることに気づいた少年は、再度起きあがろうとするがやはり体が動かなかった。 『頭が痛い……』 思考は痛みで霧がかかったようになり、目が覚める前に何をしていたのかも思い出せない。 途方に暮れていると遠くから声が聞こえた。 「とりあえず目が覚める前に上に帰さないと。そう。10人。すぐに手配してください」 コツコツと聞きなれない足音がする。そういえば地面がやけに硬いな。少しクリアになってきた頭で少年が考えていると、急に知らない男の顔が現れた。 「えっ?起きてる?起きちゃった⁉︎」 並べられている人の様子を伺おうとしていた男は、少年と目があって驚いた。 目を見開いた間抜けな顔に、少年は自分が置かれている状況への不安を一瞬忘れた。 「えっ!どうしよう、ルリ。この子目が覚めちゃったよ」 「落ち着け、ソラ。1人だけ睡眠薬の効きが悪かったみたいだな」 どうやら男には仲間がいたらしい。青い髪の男が跪いて少年に話しかけた。 「驚かせてすまない。気分が悪かったり頭が痛かったりはしないか?」 青い髪の青年の口調は優しく、少年を気遣っているのが伝わる。 「こ……こは……?」 「いきなり知らない所にいて驚いたよね。君は今、君の村から遠く離れた街にいるんだ。悪い人が君を誘拐して連れてきてしまったせいでね。でも大丈夫。すぐに家に帰してあげるよ」 「……家……。上に……帰す……言ってた……」 少年は頭痛も落ち着いてきてクリアになった頭で、先ほど聞いた言葉を思い返す。 その呟きに男たちは顔を曇らせた。 「………とりあえず、別の部屋で体を休ませようか」 青い髪の男に手伝ってもらい少年はなんとか起き上がろうとする。だがやはり力が入らない。結局もう1人の男が抱えて部屋を移ることになった。 「ったく!まだこんなことをしてるヤツがいるなんて!」 ルリが怒りに任せて壁を叩く。少年のことはソラに任せ、ミリッサと別室で今後の対策を話し合っているところだ。 「地上の人間を誘拐して奴隷にする。よくまあ今更やろうと思ったものだ」 下級貴族の参入による政治改革から4年。 ルリ達が貴族の法律を改め監視を厳しくした結果、地上からの密輸入や誘拐はほとんどなくなっている。 「幸い眠らされた状態で連れてこられていたから、そのまま地上に帰せば問題なかったのですが……」 「1人起きてしまったと」 ルリは頭を抱える。 「ソラの会話を聞かれてしまった。このまま帰していいものか……」 「まあ、ソラが話をしている。ひとまずは彼に任せてみよう」 不安そのもののルリとは対照的に、ミリッサは妙に落ち着いていた。 「気分はどうだい?水しかないけど飲むかい?」 少年をソファに座らせて、ソラは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。 「大丈夫。頭痛もなくなったし、体も動かせる」 少年はソラからコップを受け取り一口飲んだ。少しだが口に慣れない味がして顔を顰める。 「どうしたの⁉︎やっぱりまだ体調が悪い⁉︎」 少年の反応にソラが慌てる。いかにもお人好し丸出しなその様子に、少年は警戒するのも忘れてしまった。 「ううん。慣れない味がして驚いただけ」 ソラがホッと胸を撫で下ろす。 「村の水とは味が違うのかな。急に知らない所にいて、誘拐されたとか。怖かったよね。安心して。俺は君を保護するために来たんだ」 「上に帰すって言ってた。上って何?」 少年の鋭い指摘にソラがかたまる。なんとかごまかそうと必死に言葉を続けた。 「あ〜。君の村の方を、上って呼んでるんだよ。ここは土地が低くなってる場所だから。独特な呼び方だけどね」 「あなたは何者なの?見たことない格好してる。この部屋も。石みたいな壁に床に。まるで別の世界みたい」 意識がはっきりしてきた少年に質問攻めにされ、ソラは困り果てた。 『地上でもかなり田舎のほうから来た子なのかな?なら、ここは都会だと言えばごまかせるかな?』 「ここは都会っていって、いろんな技術が発達した街なんだ。俺はそこで街を守る仕事をしてる。君を無理やり働かせようと連れてきた悪いヤツを捕まえたんだよ」 少年はソラの嘘を信じたようで質問は止まった。だがソラがホッとしていると、今度はとんでもないことを言い出した。 「ここには仕事がたくさんあるの?なら、僕ここで働けないかな?」 「へ?」 少年は真剣な様子でソラに迫る。 「家には帰りたくないんだ。力仕事でもなんでもやる。どこか住み込みで働けるところはない?」 「へ?いや、ちょっと………」 少年の迫力にソラは後退りする。 「家に帰りたくないって、親御さんが心配するだろう?」 「……父さんも母さんも7年前の災害で死んだよ」 少年が悲しそうな顔になる。 「世話をしてくれてるおじさん達は僕のことを邪魔者だと思ってる。そうだよね。本当の子供でもないのに面倒かかるだけなんだから」 「………」 両親の温かい愛情を受けてぬくぬく育ったソラには何も言えなかった。 「だからお願い!家には帰さないで!」 「………えっと、わかった。ちょっと相談してくる」 少年の懇願をむげにはできず、ソラはうやむやな返事をするしかなかった。 「馬鹿か、お前は」 ちょうど医療班がついたので少年を託し、ソラはルリとミリッサのところへ相談に来ていた。 「そんなハッキリ言わなくてもわかってるよ!でもあんな必死に頼まれたら断れないだろ」 「何が『断れないだろ』だ。いいか。あの少年は地上の人間なんだぞ。その辺の子供を保護して世話するのとは訳が違うんだ。うまくごまかせたなら一刻も早く地上に帰さないと」 情に流されたソラとは違い、ルリは容赦がない。でも……とソラがなおも食い下がろうした所で、静観していたミリッサが動いた。 「まあ落ち着きたまえ、ルリ君。確かに地上に帰すのが一番だが、果たしてそう上手くいくだろうか。少年がここの事を詳しく話せば、そんな場所あるはずないと疑念が湧くかもしれん。そこから地下に辿り着けるとも思えんが、危険はできるだけ少ない方がいいだろう?」 ミリッサのもっともな意見にルリは押し黙る。 「少年が家で厄介者扱いされてるなら好都合だ。いっそこちらで保護してしまってはどうかな?」 「保護って。地下のことをどう説明するんです。それに地上の人間だとバレればどんな危険にさらされるか……」 ミリッサの言い分もわかるが、ルリはそれでも少年が地下に残るリスクを捨てきれない。 「地下のことはゆっくり話せばいい。それに、危険から身を守るには最適な場所があるだろう」 ミリッサの企みを含んだ笑いに、ソラとルリは並んで頭にハテナを浮かべた。 「で、何で俺のところに来るんだよ」 次の日、ソラとルリは隠れ家にいるヒスイを訪ねていた。 「いや〜。ヒスイの元にいれば、地上の人間だとバレても危険をある程度回避できるかなと思って」 ソラは申し訳なさそうだが、譲る感じは無い。ルリは不本意なのか険しい顔をしている。 「そんな簡単に……」 「いいじゃな〜い。俺は可愛い弟が2人に増えるなら大歓迎だよ」 「12歳なら弟というより息子になるんじゃないか、お前からしたら」 ヒスイの後ろでは保護者コンビが軽〜い感じで提案を受けるように勧めている。 「まあ、いいんじゃないか。確かにうちで預かるのが一番いいでしょ」 「客間ならあいてるしね。必要な物もあとで買いに行かないとね」 「ちょ、クキもトーカも何言って……」 「そう言ってもらえると助かります。もちろん俺達もできる限りサポートしますので」 ソラが喜んで少年を待たせている車へ向かう。残ったルリは苦々しい顔をしている。 「すまない。ヒスイ君。君の負担を増やしたくはなかったんだが……」 ルリはとにかくヒスイに力を使わせるのを嫌がる。望まずしてその責任を負ってしまったヒスイを心配しているのだ。 「ルリは真面目すぎるんだよ。俺なら大丈夫。とりあえずその子を安心させてあげないと」 ヒスイが困った笑顔を浮かべていると、少年がソラに連れられてやってきた。 「え〜っと、俺がヒスイ。それでこっちがトーカ。こっちがクキ」 「トーカだ。大変な目にあったな」 「クキだよ。もう安心していいからね」 ソファに座り戸惑いながら自己紹介するヒスイの後ろに、穏やかな笑みを浮かべるトーカと楽しそうなクキが立っている。対面に座る少年は不安そうな顔だ。 「この子はレイン。レイン、しばらくはこのお家でお世話になるからね」 「……よろしくお願いします」 横に座るソラに促され、レインはオドオドと頭を下げる。いきなり知らない家に連れてこられ、知らない大人達に預けられるのだ。当然の反応だろう。 「レインって綺麗な響きだねぇ」 気をつかってクキがレインに話しかける。 「………雨が降ってる日に産まれたから……」 「……雨?」 クキとヒスイとソラが首を傾げた。 慌ててトーカがフォローする。 「この辺はあまり雨が降らないんだ」 「そうなの?水不足にはならないの?」 「……水不足?」 また3人が首を傾げるので、今度はルリがフォローする。 「雨が降らないのはこの辺だけで、近くから水をひいてるから大丈夫なんだよ」 「………そんな土地もあるんだね」 レインは納得してくれたようだ。トーカとルリがハーッと汗を拭う。よくわかっていない3人は、口をだしてはいけないのだろうととりあえず黙っていた。 「まあ、ここにいる間はこのヒスイが保護者代わりだから。わからないことがあったら聞いたらいいよ」 トーカがヒスイの肩をポンと叩く。ヒスイが声をかけるよりも早く、レインが驚きの声をあげた。 「えっ⁉︎でも僕とそんなに歳変わらないよね?」 「「ぶほっ!」」 トーカとクキが盛大に吹き出す。ソラとルリはワタワタと慌てだした。 「せっかくこの4年で背が伸びたのにね。2センチだけど」 クキが笑いながら言うと 「そうだな。2センチだけど」 トーカもニヤニヤしながら続ける。 面白がる2人とは対照的にソラとルリは必死にフォローしていた。 「童顔のせいだよ!ほら!顔立ちはそれぞれだから!」 「そうだ!若く見えるのはいいことじゃないか!」 大人達が急にガヤガヤしだしたので呆気に取られているレインに、ヒスイは「俺は22だ」と項垂れながら説明した。 「え!ごめんなさい。15歳くらいだと思ってた」 トーカとクキが一層大笑いする。ヒスイがそれを睨みつけると、レインは申し訳なさそうに悲しい顔をした。 「ごめんなさい。嫌な思いさせて」 「……いや、そんなに落ち込まないでくれ。むしろ悲しくなってくる」 ヒスイは疲れた顔をしている。レインのことはソラが宥めてくれた。 「じゃあ、今日は帰ります。また明日様子を見にきますので」 「困ったことがあればいつでも連絡してください」 ソラとルリは今後についての話し合いなどもあるので、いったん戻ることになった。 地下に来てからずっと付き添ってくれたソラがいなくなることに、レインは寂しそうな顔をする。 「大丈夫だよ。この人達はとても優しいから。知らない場所で最初は戸惑うかもそれないけど、困ったら俺達もすぐ来るからね。今日はゆっくり休んで」 屈んで目を合わせながら話してくれるソラにレインは頷く。 そのままソラとルリは車に乗り込み去って行った。 「さあ、中に入ろうか。必要な物を用意したら、今日はご飯を食べてゆっくり寝よう」 ヒスイがまだ不安そうなレインをできるだけ優しく促す。 こうして奇妙な同居生活は始まった。
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