4人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
第10話 幼き魔法使い、エレナ・フォン・リンデル
「――って、うお!? ゆ、弓矢部隊が適当に射放つだと!? ああ、全く……。そんな真似をしては味方に当たるだろうに!」
参ったっての、嘘!
こんな無鉄砲な未熟者共と俺は違う。
俺には明確な勝算と――こうしなければならない理由があった。
こいつらみたいに亡くなった上官を見て混乱の余り味方を殺す輩とは――一緒にされたくない!
とは言え、捨て身の弓矢が――実は一番、困る。
弓は速い上に風で揺れるから、軌道も読みにくい。
弾幕や雨のように襲ってくる分、魔法より斉射された弓矢の方が厄介だ。
味方の陣までもう少し!
何とかあそこまで行けば――この局所戦の負けが、勝ちへと覆る!
「あと少し。どうしたものか――」
「――第3魔法師団、土魔力を一点に準備」
「……ん? この殺気だった戦場に似つかわぬ、冷静な女性の声は?」
声量は小さいはずなのに――その鈴を転がすような美しく澄んだ声は、荒々しい声が飛び交う戦場では浮き、妙に際だって耳に届いた。
声のする方を見れば……立派なマントに帽子と軽鎧を身に纏い、その手に杖を構えた――100人は居る魔法使いの集団。
通常の兵士100人を指揮する者は、精々が中級士官だろう。
だが稀少な実戦レベルの魔法を使う者100人を束ねるなど――ジグラス王国では3つしかない魔法師団の、団長レベルだ。
俺が馬で駆け抜ける地に、大きな魔力のうねりを感じる。
まるで地に鳴門の渦潮が巻いているようだ……。
俺が馬でその地を駆け抜けるなり――。
「――土魔法、発動」
「うぅおおお!? こ、これは凄い! ぎ、ギックリ腰になるかと思ったぞ!」
大きく地鳴りがしたかと思うと――後方に高さ10メートル、幅は30メートルはありそうな、巨大な土壁が盛り上がって来た。
厚みもかなり有りそうだ!
「な、ジグラス王国軍の罠か!? やられた!?」
「退け、退けぇえええ!」
俺まであと僅かに迫っていた数人が、土壁で敵軍と別たれている。
馬を反転させ、壁沿いに引き返すが――。
「――逃がさない」
空中に出現した氷の矢に、その身体を貫かれ――次々と落馬して行く。
何という魔法発動の速さ!
素晴らしい魔法の腕前だ!
あの魔法が俺に向いたら……今の俺は避けられただろうか?
かなり際どい、感嘆の息が漏れるほどに素晴らしい魔法攻撃だ!
こんな摩訶不思議な力、そして即座に発動する魔法を使えるなんて……。
指示をしていた者は……見た所、まだ幼い。
それこそ、テレジア殿より更に若そうだ。
顔の造り的にも、肉体の起伏的にも、身長的にもだ!
彼女は指揮していた団から前に歩み出て、馬に乗る俺へと近付いて来る。
礼儀として、俺も馬から降りた。
子爵の遺体は馬に乗せたまま、血を振り払った剣を鞘に納める。
馬の手綱を退き――見たことも無い見事な魔法の連続で興奮醒めやらぬまま、俺も少女へと歩み寄る。
「いやぁ~凄いな、貴女は!? おっちゃん、年甲斐も無く興奮して胸がバクバクしてるよ! あ、まだ10代の肉体か! はははっ!」
「……敵の将を仕留めた様子の味方を見つけたから、私たちジグラス王国第3魔法師団も支援しただけ。貴方は、味方で合ってる? それとも、敵内部での裏切り?」
「ああ、裏切りじゃないとも。――俺はルーカス・フォン・フリーデン。フリーデン準男爵家の3男で、10人隊長。一応、ジグラス王国軍の所属だよ!」
「……フリーデン。思い出した、下級クラスの準男爵家」
「お、なんだ。貴女も学園の生徒かい!? それにしては魔法師団の団長だなんて、これまた凄いな!?」
「魔法使いは年齢関係なく、実力至上主義だから。それより早く本営へ向かって。ゲルティ侯爵へ報告を――」
「――く、クソッ! 死ねぇ!」
敵兵の中で、まだ息があるものが居たらしい。
不十分な体勢で短弓を引き絞っているが――。
「――きゃ……。ぇ?」
「俺がゲルティ侯爵と会えるのかい!?」
「ぇ……ぁ。その、手にある矢は? 手から、血も……。え、まさか――飛んでくる矢を、掴んだ?」
「ああ、敵ながら最期の意地は天晴れだったな。あの者は手厚く葬るか、この子爵と一緒に遺体を返却してくれないかな? あ、それをゲルティ侯爵に俺がお願いするのか。はははっ!」
最期の意地として、腰に備えていた短弓で矢を放った意志は見事だった。
キチンと狙い通りに飛ばすのも……これまた見事。
だが残念ながら――目が血走り過ぎて、射放つタイミングも読めた。
引き絞る力が残っていない上に短弓だから、威力も速度も足りない。
それを魔力で補おうとしたもんだから――つむじ風のように魔力の流れが見えやすく、簡単に掴めてしまったな。
「どうやって……。飛来する矢なんて、見えるはずが……」
「うん? 矢を見ずに魔力の流れを見れば容易いですよ!」
「そんな、そんな事が出来る目の持ち主なんて、私は会ったことがない。精々が発動した魔法のレジストぐらいで……」
「そうなのですか? 俺は殺気に慣れていますからなぁ」
「……そんなレベルでは、このような絶技は無理なはず」
そうは言われてもなぁ……。
経験からとしか言い様がないからね。
小銃の弾が眉間に当たるのを目視した人間など、俺以外にはそうそういないだろうからな。
「経験を積み重ねたおっちゃんだからこその特技があって良かったですよ! そのお陰で貴女を護れたのですからな! はははっ!」
戦に明け暮れ、何時斬られるか分からない市中での戦も……些細な事へ過敏になるべき暗殺も数え切れない程に経験して来たからな。
過去にしていた仕事の経験が活かされて良かった!
「貴方は、何者……。フリーデン準男爵家の、ルーカス? ここまでの腕なら学園でも上級クラスに名前が轟かなければおかしい。それなのに……」
ブツブツと呟いている少女の肩をガシッと掴むと――被っていた帽子とマント、そして青髪がハラリと揺れた。
襟足が肩に届くぐらいで、他は短く切りられた美しい髪。
そして表情乏しくも利発そうで、可愛らしい顔立ちだ。
眼を丸くして少女は驚いているようだけど……それは俺の感情だよ!
「それよりも――貴女の魔法は凄いですね!? この歳になるまで、ここまで驚いたのは西洋の大砲を初めて見た時以来ですよ!? 貴女のお名前も覗って良いですかな!?」
「え……エレナ。私はエレナ・フォン・リンデル」
「エレナ嬢ちゃんか! 見た目だけじゃなく、名前まで可愛いな!」
「じょ、嬢ちゃんじゃない……。私は、あなたの1個下級生なだけ」
「おっと!? あぁ~そうかそうか! これはまた……。すまないねぇ、早く外見相応に直さねばとは思っているのだが……。おっちゃんとしての癖が抜けなくて……。見た目で幼いと決めるのは、良くないよな。いや~……。重ね重ね、すまないねぇ」
「そ、それより……肩」
エレナと名乗った表情に乏しい少女は――頬を朱く染め、忙しなく左右に眼を動かしながら言う。
おっと、これは――記憶にある、セクシャルハラスメントと言うやつか!?
この世界のルーカスとしての記憶と、日本で生きて来た俺の記憶が交錯して――焦る。
熱い物に触れたように、俺は慌てて彼女の両肩からバッと手を離した。
もしセクハラと訴えられたら……。
やっ、ヤバいよね、これは!?
最初のコメントを投稿しよう!