第12話 女心と、言わぬが花

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第12話 女心と、言わぬが花

「気のせい。……きっと、気のせい。う、馬の飼料(しりょう)とかの手続きは私がやるから。テレジアは馬を繋いだら、怪我人(けがにん)を助けてあげて。……それはテレジアにしか出来ない」  悔しそうにエレナさんは言う。  そうか。  救う力に長けたテレジア殿。  それに対し、破壊する力に長けたエレナさん。  思春期なら、相手と比較すると自分なんて……と思いがちだ。  実際はどちらも尊くても、ついつい比較して自分なんてと謙虚(けんきょ)ではなく卑屈(ひくつ)になりイライラしてしまう。  きっとこの不機嫌は、そう言う事だな? 「エレナさんの魔法攻撃もテレジア殿の治癒魔法も、どちらも尊い力です。破壊と治癒は表裏一体、俺はどちらも尊敬していますよ?」 「……そう」  (うつむ)きながらそう言ったエレナさんは、チョコチョコと早足に進んで行く。  心配そうにテレジア殿がエレナさんの顔を(のぞ)()て――。 「――ぁ……」  何かを(さっ)したのか、俺の顔と見比べては(うなず)いている。  テレジア殿の表情は……何処(どこ)複雑(ふくざつ)そうだ。  俺は背負っていたラキバニア王国の子爵と、将軍の頭部鎧を降ろし――。 「――テレジア殿? 馬なのですが……俺がやっておきますので、報告が終わる(まで)は近場にでも繋いでおきましょう」 「い、いえ! (うまや)ぐらい大した距離でもないですから!」 「はははっ! テレジア殿を小間使(こまづか)いにするような真似(まね)、俺がしたくないのですよ。さぁ、手綱を失礼」 「ぁ……。て、手が――……」  少し俺の手と触れたのが嫌だったのか、テレジア殿はビクッと手を引いてしまった。  彼女が男性慣れしてないからと言う理由もあるのだろうけど……。  1人のおっちゃんとして、少し傷付くなぁ。 「ルーカスさん! て、手から血が出てますね!? 治療をします!」  ぽわっと、テレジア殿の手から温かな魔力が発せられると――少し離れた俺の手に付いた傷が、みるみる塞がっていく。  それは嬉しいけど、こんな汚物(おぶつ)のように触れないのを徹底(てってい)される扱いは……心に来る。  昔はこんな汚い者扱いされる事なかったのに……。  この身体も若いはずなんだけどなぁ?  やっぱり中身から(にじ)()るおっちゃん(くさ)さってのが、あるんだろうな~……。  大きなテントを支える為の杭に手綱を繋ぎ、俺は馬の額を撫でる。 「すまないな、ちょっと待っていてくれるか?」  そう言うと、馬は返事の代わりか俺の手を()めてくれた。  こいつ、可愛いなぁ……。  軍馬(ぐんば)なのに、なんて人懐(ひとなつ)こいのだろうか。 「お前はこんなおっちゃんの手が触れても嫌がらないのか。愛おしいな」  思わず、馬の額に己の額をくっつける。  それでも嫌がる様子はない。  ああ、馬は人間の友だ……。  愛玩動物(ペット)を家族よりも可愛がっていた、生前の同僚(どうりょう)の気持ちが理解出来たよ。  年頃(としごろ)(むすめ)は、父親を汚物扱(おぶつあつか)いして避けるからってね……。 「ルーカスさん!? わ、私も嫌がってはいませんよ!?」 「テレジア殿。無理をする必要はありませんよ? 良いのです。出陣前にも言ったでしょう? こんなおっちゃんと対等に楽しく話してくれるだけでも――貴女は聖女なんだと。はははっ!」 「き、気を遣って無理なんかしてません! ほ、ほら!」 「え……」  テレジア殿が、その両手で俺の手を握って来た。  元は柔らかく、白雪のように細くきめ細やかだったのだろう。  美しい指が労働によりヒビ割れ、あかぎれが出来ているのが感触で分かる。 「あ、その……。こんな汚い指、触れられたらルーカスさんの方が迷惑ですよね? ご、ごめんなさい」 「そんな事はありません。――これは努力して来た証、勲章(くんしょう)です。それを汚いなどと……。そんな事は永久歯(えいきゅうし)が全て抜け、ふがふがと口ごもった言葉しか(しゃべ)れなくなろうと口にしませんよ?」  俺が冗談めかして言うと、テレジア殿は顔を俯かせた。  ふむ、面白くない冗談だっただろうか?  親父ギャグを聞かされる少女は、こんな困った表情をするんだろうな。  いや~、もっとギャグのセンスも磨かねば。   それも今生(こんじょう)の課題かな?  やりたい事が多くて、ワクワクするな!  おや?  反対側の手に、柔らかく温かい感触が……。 「……早く行く。ゲルティ侯爵を待たせてる」 「これはエレナさん……。失礼しました、直ぐに!」  地に降ろしていたラキバニア王国の子爵と、将軍の頭部鎧を背負いなおす。  すると、エレナさんは――。 「――こっち」 「は、はぁ。成る程?」  俺の(そで)()き、先導(せんどう)してくれた。  子爵を背負っている手の位置関係から、袖を引くエレナさんと俺は、ほぼ横並びだ。  袖を引かれるより、前を歩いてくれた方が道は分かりやすいのだけれど……。  何故(なぜ)だか、それは口にしない方が良い。  55年近く生きた精神年齢の(かん)が、そう告げていた――。
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