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第13話 身の丈に合っていない、おっさん
そうして子爵を背負ったまま歩くこと、約10分。
赤い絨毯が敷かれ、明らかに大きくて立派なテントの前へと辿り着いた。
テントを囲うように打たれた馬止めの杭。
囲いの出入り口前には、数名の見張りが立っている。
間違いなく、ここがジグラス王国軍の大本営だ。
「これはエレナ男爵! 先の戦はお見事でした!……そちらの男は?」
見張りの兵――恐らく騎士爵を持つ衛兵とエレナさんは、どうやら顔見知りらしい。
まぁエレナさんは第3魔法師団の団長らしいからな。
身分の高い騎士にも、広く顔を知られているのだろう。
俺はと言えば――平民同然、お情け貴族の3男坊だからな。
顔が知られてなくて当然か。
「こちらはさっきの戦で敵の指揮官を2人討ち取った者――ルーカス・フォン・フリーデンさん。ゲルティ侯爵閣下にお目通りを願う」
「お、おお! その若造……いえ、若人が!? お伺いして参りますので、少々お待ちを!」
うん。
若造と言いたくなる気持ちも分かるよ~。
剣に映った顔を見た限りだと、ルーカスの顔はかなり童顔――まるで少女のような造りの、美少年だったからね。
見た目と同様に若々しい言葉遣いが出来れば良いんだが……精神年齢は、総計55歳近いからなぁ。
自分の義を通す言葉とか、おっさんらしい言葉はスラスラと出て来るんだけどね……。
若々しい言葉遣いは、中々に難しいよなぁ。
そもそも、若々しい言葉使いとは一体なんだろうか?
「……あいつ、ルーカスくんの事を若造って……。許さない」
成る程。
うん、これも若さか。
後先を考えるより、自分の感情へ素直になれば良いんだな?
その情動に任せた言動こそが、若々しさか。
どれ、俺も試しに――。
「――……ぇ?」
怒っている子は、やはり頭を撫でて落ち着かせるものだ。
幸いエレナさんの背丈は、俺の腰程度。
頭も撫でやすい位置にある。
「はははっ! 良いのですよ、エレナさん。あの男が言っていた言葉は事実です。――それに若造だろうと実績を積み重ねれば良いのですよ。今までの俺には、それがなかった。エレナさんのように、これから積み重ねればバカにされ侮れる事もなくなるでしょう。いや~、良いお手本が近くに居てくれて、助かりますよ」
「……ぅん。うん」
おお、これは効果があったか!?
成る程、女の子に触れては迷惑がられるだろうと遠慮していたが……。
やはりこうして後先を深く考えず、下心も無しに触れる分には……肉体年齢年相の言動になるのだろう。
これならば嫌がられずに済むらしい。
だが――あまり何時までも人のの頭を撫でているものでもないな。
この手は、まだ乾いた血で汚れている。
そうでなくても過剰に肉体へ触れるのは、男女の間柄において良くないだろう。
いくら下心が無いとは言え、だ。
精神年齢的にはエレナさんの親の方が、俺には近いはず。
それこそ俺が今生で知りたいと願う恋をするには、親御さんの方が丁度良い年齢差だろうからな。
そもそも生前は恋愛に現を抜かす間も無かったから、知らんけどね?
どういう心を恋心と呼ぶかすら知らん未熟な俺だが、これからは――。
「――そこの者! ゲルティ侯爵閣下とササ伯爵様がお会いになるそうだ。遺体を見張りに預け、こちらへ参られよ!」
お伺いに向かっていた兵士が、そう言って俺たちを呼ぶ。
言われた通り見張りの兵士に子爵の遺体を預け――大きなテントの中へと足を進める。
テントの中には――戦場全体と兵の位置が示された地図が広げられている長テーブル。
そして見るからに高価そうな鎧を身に纏い、瀟洒な椅子に腰掛ける男が2人居た。
この世界の義礼は、うろ覚えだけど……エレナさんが一緒に立ち会ってくれて助かった。
エレナさんの真似をして――テントに入って直ぐ片膝を付き、顔を伏せる。
俺1人だったら、前世と同じような義礼を取っていた。
危うく、無駄に訝しがられる所だったな。
いやぁ……これも後でエレナさんに礼を言わないとだねぇ。
褒美をもらったら、世話になったエレナさんやテレジア殿に何か礼の食事でも奢るとしようか。
いや、これでは中身がおっさんへの褒美になってしまうかな?
やはり感謝の品と手紙が一番の距離感か。
「――表を上げよ」
言われた通りに顔を上げると――これまた、何とも……。
人が生きて来た様は――顔付きに出る。
何も顔の造りが不細工だとか、そう言う話ではない。
目の濁り、皺の寄り方……。
そう言った長年に渡る癖の蓄積で、表にジワジワと出て来る類いの話だ。
多くの人々と交流を深めて来た俺からすると、この者たちは――愚物。
「エレナ男爵、いや……戦場では団長と呼ぶべきか。先の闘い、寡兵にも関わらず敵を打ち返す手腕。見事であったな。そなたらの指揮をしている私も誇らしいぞ」
「……光栄です。ゲルティ侯爵閣下」
「あそこに第3魔法師団を配置した私も、誇らしいですよ」
「うむ、ササ伯爵も私の補佐、見事だった」
それも――自分の欲に正直なタイプだ。
見た目だけじゃなく、言葉の言い回しや動きにも人間性は現れる。
書物に疎く無学文盲な俺でも、経験則と見聞から多くの学びを得ている。
「今回エレナ男爵が私の指示に従い奮戦したのは、実家の犯した大罪を少しでも減らし忠誠を示そうとしてだな?」
「……違います」
「……ほう? それは私の指示では無いという意味か? 大罪を挽回する忠義は無いと?」
「……私は学園に入学と同時に、実家から勘当された身。独立した男爵で――」
「――ああ、そう言う言い訳は良い! 血縁がある以上、責任から逃れられる訳がなかろうが。この話はまた王都で……じっくりと、だ」
「……はい」
「まぁ……陛下に報告する私たちの機嫌次第で、言葉の表現も変わるだろうがな? エレナ男爵も、よくよく考える事だな?」
「…………」
この2人の目線の動きは、エレナさんの露出する肌を執拗に追っている。
自分の手柄を実態以上に大きく見せ、金銭欲や肉欲に身を任せるタイプの権力者だ。
エレナさんの実家とやらの罪が何かは知らんが……。
若者をいじめる大人。
それも弱味に付け込むように身体を暗に要求するとは、ね……。
見た所、2人ともまだ30前後の年頃だと言うのに……。
この汚い言葉に居丈高な態度。
金持ちのボンボンが父親を戦で亡くし、急に就いた侯爵や伯爵と言う身分。
正に――身の丈に合っていない、と言った所だな。
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