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第15話 おっちゃんへの門
「……私は34歳。ササ伯爵は……私より幾つか下だが。それがどうかしたか? お情け貴族の息子よ」
ああ、こいつは――なんと小さい器だろう。
俺がかつて、この人の為なら死んでも良いと思った人とは比べるまでもない。
身分を笠に着て俺の闘気が籠もった眼光から逃れようとは、な。
今更、そんな身分をチラつかされて俺が闘気を収めるとでも思っているのだろうか?
思っているんだろうなぁ。だから口にしたんだろうし……。
だが、その甘い考えも仕方ないか。
何しろ、まだ青いのだから――。
「――35歳にもならない若造が大人を名乗るとは……片腹痛いですねぇゲルティ侯爵閣下。――おっさんを舐めないでいただきたい」
「な、何だと? この無礼者めが! 私は侯爵だぞ!?」
ああ、手が疼く。
このクズを――士道に背く害悪なクズを斬れ。
暴虐や悪逆の徒を斬れと、心が疼く。
だが、抑えねば。
こう言った輩は――わざわざ危険を冒して斬らずとも、何れ自滅する。
こんなのでも、一応は指揮官だ。
今、この場で斬ればジグラス王国の罪なき兵まで――崩壊する羽目に陥る。
こんなクズを斬って処罰されるのだって御免だ。
俺の首は高くも無いが、こんなクズからの暴言を止める為に差し出す程、安くもない。
無用な犠牲を出す為に、俺は2度目の生を得た訳ではない。
「……朝起きたら枕元に大量の髪の毛が散乱していた。水浴びをして頭を洗うと、手に見た事が無い大量の抜け毛が付着している。鏡を見れば、耳から毛が生えているのを見つけた」
「……な、なんだ? 貴様は何を言っている!?」
そうだ、おっさんとしてのエピソードを思い出せ。
そうすれば――血気に逸る若者らしい後先考えずない考えも、抑え着けられる!
「髪の毛ならず鼻毛や髭に白髪が混じっている。汗をかけば自分の耳裏から若い頃には感じなかった悪臭がする。必死に洗えば洗うほど、必要な脂までなくなり悪臭が増して、どうにもならない」
「き、貴様! 訳の分からん事を抜かして、無礼をはぐらかすつもりか!?」
「いいえ? そういった老化現象による絶望への抵抗、諦めの境地で受け入れる心理過程を通り、やっとおっさんを名乗る資格を得ると言いたいのですよ。――つまり俺から見れば、貴方はまだまだ若者だ」
ゲルティ侯爵の目には、俺が気でも触れたように映るのだろう。
それはそうだ。
口調こそ丁寧だが、およそ準男爵家の3男――ほぼ平民如きが、貴族の中でも最上位の侯爵に向ける口の効き方ではない。
敵の子爵を単身、討ち果たして帰陣した者。
そんな存在と斬り合うのは怖いのだろう。
口では大きな事を言っても、ゲルティ侯爵やササ伯爵は剣を抜く素振りすら見せない。
近くの側近兵士も、剣に手はかけても抜かない。
指揮命令を下すべきゲルティ侯爵が何も言わない――言えないのだから、動けないのだろう。
「――全く、これだから近頃の若い者は……」
思わず、口を突いて出てしまった。
「な、なんだと!? まぐれで少し手柄を上げたからと、ガキの分際で偉そうに! 身の程を知れ!」
「おっと、これは失礼。だが、しかしですねぇ……。私が申し上げた近頃の若者を嘆く文句。これは紙ではなく石に記録を残していた古代より続く、おっさんの証だそうです。つまり……おっさんへの通過儀礼と同然の発言ですよ」
「き、貴様はおかしい。……その少女のように端麗な風貌で、自身をおっさんと名乗るなど――」
「――この言葉をつい無意識で口にした後に、ですね? 自分も過去になりたくないと思っていた――おっさんになったんだなぁ……。そうしみじみ思う事で、やっとおっさんへの門は開かれるのですよ」
「……おっさんへの、門だと?」
「ええ。少し可愛く言うなら――おっちゃんですかねぇ? はははっ!」
ご機嫌に笑う俺を見て――ゲルティ侯爵は引いている。
腰も引けてるけどね。
あ、これは親父ギャグだったかな?
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