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第2話 初めまして、俺の聖女様
思わず哄笑していた口を閉じ、目の間の恩人――修道服を来た銀髪銀眼の美しい女性へと頭を下げる。
「失礼しました。少々、予想外の事に取り乱したようです。ですが、お譲さんのお陰でだいぶ落ち着いてきましたよ。素晴らしく温かい治癒魔法、本当に感謝します」
「そ、そうですか? 言葉使いは段々と戻って来たようで、良かったです」
中身が別人だと告げても信じてはもらえないだろう。
それだけなら良いが、この女性に自分の治療が不十分だったと思わせてしまうかも知れない。
傷付け混乱させてしまうかもしれない言葉は慎もう。
「ルーカスさんが戦場から運ばれて来た時は、もう2度と目覚めないと思っていましたから……。徐々に戻って来て、安心です」
「そうだ、俺は戦場から離れてしまったのだった……。いけませんね。――俺も、まだまだ戦場に立たねば」
傍らに置かれていた剣を手に取り、立ち上がる。
血が足りないのか。
少々、たちくらみはするけど……これは良い身体だ。
非常に軽い。
何より全身の関節や腰、首元も痛まない。
若い身体は、これ程にも素晴らしいのか。
これは戦場でもキレのある動きが出来そうだ。
刀ではなく、この世界特有の両刃の剣で戦うのには――慣れるしかない……か。
「え!? る、ルーカスさん! もう戦場へ戻るおつもりですか!?」
修道服姿の女性は光を照り返す銀色の髪を靡かせ、俺を追いかけて来た。
俺は剣を腰に差しながら、恩人へと向き直る。
「ええ。貴女様のお陰で、傷も塞がりました。……曖昧な記憶ですが、我がジグラス王国はもう首都まで残り僅かの所まで攻め込まれている。たかが10人隊長とは言え、寝かせている余裕など無いはずです」
「そ、それは……。はい、仰る通りですが……」
記憶を頼りに現状を伝えると、彼女は目を伏せてしまった。
そう、俺――ルーカスの祖国であるジグラス王国は今、滅亡の危機に貧している。
我らがジグラス王国の王が、『由緒あるガンベルタ神の神託を受け、黒龍の血も引く誇り高き血。大陸に覇を唱える偉大なるメルダニア帝国皇帝と同じヴァンの血を引く我々が、連合国の一小国になど甘んじる訳にはいかん』。
ゾリス連合国に対しそう言い放ち、連合からの独立を宣言したせいで――ジグラス王国はゾリス連合国一の大国にして盟主国、ラキバニア王国の軍勢に攻め込まれている。
局所戦は兎も角、最早ここからの逆転勝利で独立を勝ち取るなど絶望的な戦況だ。
主要な砦も城も瞬く間に占領され、王都まで残り僅かしか残っていない。
そんな状況下で――ここは最前線でラキバニア王国兵の侵攻を防ぐ陣地だ。
恩もない王がどうなろうと知らんが、この治癒魔法に長けた女性や民が犠牲になるのを見過ごすのは――我が武士道の義に反する。
父や兄たちは臆病風に吹かれて自業自得だが、母や妹の居る領土まで奪われたんだ。
俺には、もう戻る場所も無いし……暢気に寝てはいられん。
「それに、ですね。こんなにも若い子が、前線に来てまで癒してくれているのです。未来ある若人を守る為にも奮い立たねば――おっちゃんの名が廃るというものですよ?」
「若人? おっちゃん? わ、私とルーカスさんは同じ年齢で、同級生のはずですが?」
キョトンと、真珠のように丸い目をパチクリさせ女性は首を傾げている。
なんとも美しい人だ……。
俺は幼子に恋心を抱くような異常性癖者ではないが、心からそう思う。
日本にいる時から『お前は女にモテるな』と周囲から囃し立てられていたが、俺自身は恋のときめきとやらを感じた事がなかった。
それでも、美醜感覚ぐらいはある。
この方は紛うことなき、美少女だ。
「ははは。そうなのですか? それは失礼をした。生憎、お顔を見て話した記憶がなくてですなぁ」
ルーカスの記憶を辿っても、目の前の女性には覚えがない。
学園の記憶を辿っても……孤立しながらも頑張っていた記憶しかないな。
「それは……。私はジグラス王国子爵家の子で……上級クラスに通ってましたから。更に父がガンベルタ教枢機卿という事情もあり、余計に下院の殿方と接する機会を制限されていたからかと……」
まるで恥ずかしい事のように、女性は語った。
成る程、おっちゃん経験による予測として――それまでは親の力で自由になっていた部分がある。
その事実に直面した時、人はそれまで親に甘えていた自分を恥じる傾向にあると思う。
学校に通うのも金がかかるし、食べている者や衣服にも金がかかる。
戦や社会に出てから、それまでの当たり前が如何に当たり前ではなかったかを学ぶ。
親の力を感じれば感じる程――親の威光で威張っていた自分が恥ずかしくもなるんだよな。
それにしても、凄い出自だな。
ガンベルタ教は、広大な大陸の中央から西側で広く信仰されている大きな宗教じゃないか!
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