第22話 下準備

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第22話 下準備

 エレナさんに頼み、まだ魔力を吸う登録をしていない鉱石(こうせき)――物資を持って来てもらった。  テレジア殿も一緒に手続きと運搬(うんぱん)をしてくれたお陰で、かなりスムーズに事が運んだ。  俺1人だったら、軍需物資(ぐんじゅぶっし)(あつか)いで管理される鉱石1つも手には入らなかっただろうな。  最高指揮官の2人に、思いっ切り喧嘩を売ったしね。 「……この鉱石は登録者の魔力を勝手に吸収して反応する。意識して鉱石への魔力供給を絶たない限りは、反応し続ける。登録者の魔力総量によるけど……だいたい半径300メートル。場所が分かってれば、その方向に魔力操作して直径で600メートルぐらいが有効範囲」 「ほう、ちなみにエレナどのなら、どれぐらいが可能なのですかな?」 「私は半径700メートルぐらい」 「それは素晴らしい! そのご年齢で、平均の倍以上とは! さぞかし厳しい訓練を幼少期からしていたんでしょうな」 「……子供の頃の事は、ごめん。話したくない」  成る程、訳ありか?  いくら才能があったとは言え、14歳足らずで魔法師団の団長になるのだ。  才能を磨く段階にしろ就任に当たる時にしろ、嫌な思いをしたであろう事は想像に難くない。  何れ、エレナさんが話したければ話してくれるだろう。  その時は良く聞き、助けを求められたら全力で助けよう。 「(ところ)で、この(ひかり)――放射(ほうしゃ)する光の色は、変えられますかな?」 「ん。可能。ただ、それだと魔力を吸収する距離が若干縮(じゃっかんちぢ)まる」 「ちなみに、どれぐらい縮まりますか?」 「……試して見るのが1番。色は何色が良い?」 「目立って欲しいですからね……。青にしますかな」 「了解。……じゃあ今、登録した石を持って私から離れてみて」  開けた荒野で言われた通りに離れて見ると――400メートルぐらい離れた所で光が消えた。  小走りにエレナさんの元へと戻る。 「素晴らしい! これなら行けますよ!」 「……私、役に立つ?」  心なしか不安そうに、エレナさんは聞いて来た。  自分が誰かの役に立たたないと(そば)に居てはいけない……なんて、思っているのかな?  そんな事を気にする必要はないと思うんだがな。 「勿論(もちろん)! 俺の考えた作戦の成功率が跳ね上がりますよ! まぁそうでなくとも、エレナさんには傍にいて欲しいですけどね?」 「……え?」 「俺の聖女は今の所、テレジア殿とエレナさんの2人です! こんな中身がおっちゃんの男を邪険(じゃけん)(あつか)わない。そんな慈愛(じあい)に満ちた年頃(としごろ)の娘が聖女(せいじょ)じゃなければ、何だと言うのでしょうか。おっちゃんは若いエネルギーを吸い取らせてもらい、感謝(かんしゃ)(ねん)一杯(いっぱい)ですよ。はははっ!」  俺がそう言って笑うと――エレナさんとテレジア殿は顔を見合わせ、複雑(ふくざつ)そうに眉を寄せた。 「あの……。ルーカスさんって、天然(てんねん)の……その」 「ん? 天然の?」 「……女殺し、なの?」  エレナさんの声は、小さくて良く聞き取れなかった。  だが夜闇(よやみ)に消え入る声の中、(わず)かに聞こえたのは――『女』と、『殺し』と言うワード。  殺しは生前(せいぜん)より耳にたこができる程に聞いた言葉だからか、よく聞き取れた。 「女子供(おんなこども)原則的(げんそくてき)()らないし、(ころ)さないですよ」 「……は、はい?」 「俺が武士(ぶし)として斬る人間は、(おの)信義(しんぎ)(そむ)(てき)。そして護りたい大切な何かを害する存在。それか、どうしても(まじ)わらない()(かか)えた好敵手(こうてきしゅ)ですね」 「……ルーカスくん?」 「テレジア殿やエレナさんは、俺のようなおっちゃんにも対等(たいとう)(せっ)してくれる聖女ですからねぇ。俺にとって、剣を抜き死を恐れずに……俺自身が望んで戦いたい理由。――何がなんでも、自分の命に変えても護りたい人ですよ」  重くならないよう、明るく軽い調子で言う。  真剣な言葉ではあるが……。  あまり重々(おもおも)しく言って、人殺しや俺の死を2人へ背負わせる事態は良くない。  こう言うのは本来、俺の胸の内だけに秘めていても良いぐらいなのだ。  ただ……不安に思う相手に聞かれたら隠さない事こそが、信用を築き上げるのには必要だ。  笑いながら言う俺に、2人は近寄(ちかよ)り――。 「「――そう()(ところ)!」」 「ええ!? ふ、2人とも息がピッタリ!?」  俺の顔を見上げるぐらいまで近づき、そう言い放って来た。  きょ、距離が近い!  これから敵軍へ敗残兵(はいざんへい)(よそお)い潜入するから自然なようにと、戦後に汗すら拭ってもいないんだぞ!?  俺は身形(みなり)だけはキチンと、清潔(せいけつ)でいたいのに!  もう汗を掻いて時間が経ったから……脇汗(わきあせ)の臭いとかで、2人に嫌な思いをさせたらいかん!  俺は急ぎ自分も鉱石(こうせき)へ魔力を注ぎ、地に置いて2人から逃げるように離れてみる。  自分の魔力で済むなら、それが一番。  エレナさんに危険な思いをさせない手も浮かぶのだが――。 「――半径100メートル程度って……。平均の3分の1って……。全く、我ながら魔力量がないな!」 「……や、屋敷の主である貴族や管理をする使用人は、最低でも半径400メートルぐらいの(ひかり)(とも)せるものなんですけど……。い、いえ! 魔力総量が全てじゃないですから!」 「ええ、その通りですな! しかし今、人より劣るというのは――伸び代がある証! 鍛錬(たんれん)()まねばですな~。はははっ!」 「(すご)前向(まえむ)きさ。……この魔力総量で精強(せいきょう)なラキバニア王国兵を()()け、将軍(しょうぐん)子爵(ししゃく)()った? ルーカスくん、本当に何者?」 「無いなら無いなりに工夫をするのが、おっちゃんの知恵ですよ! 知識では無く、知恵と言うのがポイントですな。はははっ!」  良いんだ、良いんだ。  今は劣る事実も含めて、()(しろ)であり戦略に取り込むべき情報!  うん、今は持つ者……エレナさんに頼らせていただこう!  半径400メートルも――特徴的(とくちょうてき)(あお)(ひかり)(とも)せれば十分だ。  あとは現地を見ながら、脳内で地図を描けば良い。  結局、エレナさんには20個ぐらい鉱石を登録してもらった。  そうして3人で談笑(だんしょう)をしながら食事を取り――。 「――それでは、また3日後の朝ぐらいに!」  陽も完全に落ちきってから、自陣(じじん)を出る。  ラキバニア王国兵の軽鎧(けいがい)を手にしているから、少し重いな。 「ん。馬の口籠(くちかご)(ぬの)派遣(はけん)される騎兵(きへい)の管理は任せて。……無事に帰ってきてね」 「ルーカスさん。……戦前(せんぜん)軽々(けいけい)にお約束は出来ないとの事ですが……私は信じております。どうかルーカスさんに、ガンベルタ神のご加護があらん事を」  俺にとっての聖女2人に見送られ、単身(たんしん)ラキバニア王国の陣へと向かったた――。
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