第29話 牢屋へ続く桃源郷

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第29話 牢屋へ続く桃源郷

 布1枚を捲ると、牢屋へ続く桃源郷が(とうげんきょう)広がっていた。  地に置かれた2つの手桶(ておけ)には一杯の水が溜まり、2人の美少女が裸で立っている。  2人がその手に持つのは、手拭い。  この場には、硬直(こうちょく)した3人。  そうして徐々に視認(しにん)した状況による思考停止から解放され始めた時――。 「――ル、ルーカスさん!? なんで、このテントに!?」  甲高(かんだか)いテレジア殿の、非常に慌てた声が届く。  エレナさんは顔を真っ赤に染めながら、布で身体を隠して(にら)んでいた。 「す、すいません!」  俺は慌てて暖簾(のれん)――布を戻し、テントへと背を向ける。  ヤバい、予想外の事で心臓がバクバク言ってる。――って、このまま逃げたら覗きに来たみたいになってしまう!? 「こ、これは決して不埒(ふらち)な覗きをしに来たとかでは無く、俺の不注意が(まね)いた事故です! 無事に作戦を終え戻ったと報告したくて、()(かく)……その、失礼しました!」  テントに背を向けながら、事情を説明する。  おっちゃんの目は老眼(ろうがん)が治るんじゃないかと思うぐらいの(うるお)いでした、とか――そんな余計な事は言わないでおこう!  このまま返事が無ければ、正座でもして待機するか?  よし、それが良い。  キチンと謝罪しよう。  そう思い地面に座ると――。 「――もう中に入って良い」  テントの中から、エレナさんの声が聞こえた。  多少上擦(たしょううわず)っている声だったけど……本当に入って良いのか?  いや、直接文句を言って制裁したいのかもしれない。  服はこの間に着たのだろうし――。 「――失礼します。……俺の不注意で2人の裸を見てしまい、申し訳がございませんでした」  テントへ入るなり、土下座をした。  究極に反省し謝罪をするなら、やっぱりこのスタイルだ。  この異世界で土下座文化があるかは知らないけれど、おっちゃんの気持ちの問題! 「あ、頭を上げてください! テントへ入る前にノック……は出来ないから、一声かけて欲しかったのは事実ですけど」 「誠に申し訳ございませんでした」 「ああ!? そんな額を地に擦り付けて!? こんなゴツゴツした場所で、痛いのではないですか!?」 「これは最大級の謝罪とお礼の形です」 「い、意味が分かりませんよ!?」  やはり土下座と言う文化は無いようだ。  テレジア殿が慌てている中――。 「――話しにくいから顔を上げて」 「はい」  エレナさんの冷静な声に、言われた通り顔を上げる。  正座は解かないけどね。 「……ここは男だらけの陣の中、本来なら私たちが代わりで見張りをしているべきだった。見張りも立てずに布1枚の場所で身体を清めてた私たちにも、ミスした部分がある」 「それでも、俺が見たのは事実です」 「ま、まさか私たちが……このタイミングで身を清めているとは思わないでしょうから、仕方がないですよ! その……帰国するとなれば、本来は戦場で貴重な水も重い荷物になりますから。だから使い切ろうって……。事件ではなく事故なんですから、お気になさらないでください!」 「しかし、それは言い訳になりません。俺は見てしまった罪深い男です」 「見た見たって言わないで」 「はい。すみません」  無表情だが、エレナさんは手で胸を隠した。  テレジア殿も同じようにしているが……うん。  慌てて服を着たからか、薄手の服1枚なので……膨らみが目立つ。  小さい山と大きい山。  どちらも違って、どちらも良い物だ。 「……やはり頭は地に着けさせていただきます」 「なんでですか!?」 「こちらを見て話をしようと言っているのに」  今の俺は、おっちゃんの精神が若い肉体に宿っている。   ある意味で、男の性質としては最も質が悪いのかもしれない。  長年生きて来た理性で身体の欲求を抑えようとしても――身体は言う事を聞いてくれない。 「ルーカス・フォン・フリーデンの大砲が言う事を聞きません。どうぞ、お好きに処してください」  顔を上げたら、俺の股間が目立ってしまう。  申し訳なさで一杯の精神に、肉体が付いて来てない状況だ。  精神と肉体の乖離、恐るべし! 「そんな、処すだなんて……。私は挨拶に来てくれて嬉しいんですから」  このような良い娘の身を穢すなんて、俺はなんて罪深い事を……。  殴ってくれた方がいっそ楽だなぁ。  そんな時、外から誰かの足音が聞こえ――。 「――聖女テレジア様は、いらっしゃいますか!?」  若い男の声が、テレジア殿を呼んでいた。  地に額をつけているから足音が良く聞こえたが、この男はテントから3歩は離れた所で声をかけているな。  俺もこうするべきだった。  若者に教わるべきことは、やっぱり多いね?  おっちゃん、本当に反省だよ……。 「は、はい! 居ますが……。今は少々、立て込んでおりまして……。何のご用件でしょうか? まさか、急ぎの怪我人ですか!?」  テレジア殿がそう言い、一歩テントの外へと近付く為に地面をじゃりと踏みならした。  いや、その薄着で外に出るのは止めた方が良い。 「立て込み中、申し訳ございません。実はゲルティ侯爵閣下が直ぐに来てくれと……」 「……ゲルティ侯爵が?」  エレナさんの呟く声が聞こえた。  どうやら不審がっているようだ。  俺も同意だな。  何故(なぜ)救護(きゅうご)衛生(えいせい)の任を担っていたテレジア殿が、このタイミングでゲルティ侯爵に呼ばれるのか……。  もう兵を引き上げる所だと言うのに。  不思議に思っていると、若く溌剌(はつらつ)とした声は(なお)も続き――。 「――どうやら野営陣地の引き上げを前に……テレジア殿にも一緒に登壇(とうだん)して、演説に参加して欲しいとの事です」 「……はい?」  テレジア殿の声は、不意のことに心から理解が出来ないのを表現したかのように力の抜けたものだった。  それがテントの外にも聞こえたのだろう。  男は言って良いのか逡巡(しゅんじゅん)したように「えっと、その」と(つぶや)いた。  そして意を決したのか。  徐々に声を大きくし――。 「――恐らく、ですが……。聖女様が誕生されたのを紹介し、我々に希望を示してくださるのかと思われます!」  そう告げた。  まさか……。  テレジア殿を見世物にして――この戦は無駄ではなかったと示すつもりか!?  俺は思わず下げていた頭を驚愕で跳ね起こす。  眼前には乏しい表情でも困惑し、テレジア殿を気遣うのが伝わるエレナさんの顔。  そして……悲痛な表情を浮かべ、血の気が引き蒼白(そうはく)に染まったテレジア殿の顔があった――。
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