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第3話 聖女じゃない？
「はははっ！ そうかそうか、貴女は貴族クラス――学園では上院の方でありましたか！ これは失礼。俺は下級士官候補生を育てる下院の生徒。一般的に貴族と認められない準男爵家の、オマケに３男坊。剣と畑を除けば、からっきしなもので……世情にも学問にも疎くてですな」
そう、ルーカスの記憶を思い出しても――やって来た事は畑仕事と剣の鍛錬、そして冒険者ギルドを通し領民から雑事を請け負ってばかり。
準男爵家とは領地を世襲出来る最下層の家柄だ。
一代限りの騎士爵以上、最下級貴族である男爵以下という、何とも微妙～な立ち位置だ。
ギリギリ貴族ではあるが、扱いは限りなく平民に近い。
「俺は精々が２００人の領民しかいない領地の３男坊。それは学園でも貴女と顔を合わせる機会がないのも納得です」
学園でも下級士官候補生……言ってしまえば、損耗を前提に使われる兵力として計上されるのを覚悟するよう教育され、学んでいた。
高レベルな学問なんて統治者や未来有望な商人に与えられる贅沢なもの。
準男爵家以下の通う下院では最低限しか教えない。
そんな俺が……日本での世と似たような出自と生活をしていた俺が無学文盲なのは、致し方ないだろう。
「失礼ながらルーカスさんは、剣や槍の成績も良くなかったと聞き及んでます。国を思うお心は立派ですが、どうかご無理はなさらないで下さい」
確かに。
ルーカスが致命傷を負った時の記憶では――産まれたての子馬の方が立派に立ってるのではと思うほど、ガチガチに震えていた。
この世界における剣のレベルは、授業で会った教官程度までしか記憶にない。
あの産まれたての馬のような剣術が優秀だと言われるよりは――余程良い。
この世界の剣士のレベルがあれだと、俺も本気で剣を振るうのに罪悪感すら覚えてしまう。
それにしても……だ。
言い難い事だろうと、命に関わるからキチンと弱点を本人へ伝えるとは。
この娘は――正直な良い娘だ！
「確かルーカスさんは、冒険者ランクも……その」
「最下級のＦから1個上、Ｅランクですな。弱小の魔物と良い勝負が出来るランクですね」
「な、なんでそんな誇らしげに言えるんですか？」
「それは当然でしょう。何しろ、最下級ではないのですよ？ 若いなりに積み上げて来た結果を褒めてやらないと。おっと、これでは自画自賛に聞こえて仕舞いますかね？ はははっ！」
記憶にある限りだが、このルーカスと言う男――冒険者ギルドで領民の悩みをよく解決している。
拙い腕の剣術に、乏しい資料を読み漁って有識者に聞いて得た薬草類の知識。
領主に嘆願しても、費用対効果の関係から動いてはくれないような依頼。
やるべき学習や家事、開墾を終え――コツコツとギルドで領民の悩みを解決して来た、この若者の努力。
その結果が――最下層ではないランクに至らせているのだ。
若者の努力を誇らずに『下から数えた方が若い、才能が無い』などという、ルーカスの父のようなおっさんに、俺はなりたくないからな。
「……ふふっ。おかしな方。でも――とても前向きで、素敵な考えですね」
疲れ果てている状況の中でも嘘偽りなく浮かべられた笑顔とは――どうしてこうも、人の心を揺さぶるのか。
本当に、美しい。
「俺の胸が……不整脈、かな？」
「え？ 不正？」
「ああ、いえ……。いかんね、どうも前のおっちゃんの身体を引き摺ってしまう。そんな訳がないのに……」
ドクドクと高鳴る胸に、西洋医学で学んだ心臓病を疑ってしまった。
年齢を重ねると心臓の病にかかりやすいそうで……。
この若い肉体では有り得ないのにな。
胸に異変を感じると反射的に心臓病を疑うのは、おっちゃんの悪い癖だ。
「私は世間知らずで武力もありません。治療魔法でしかお役に立てませんが……。国を想い奮い立つルーカスさんのご武運を祈っております」
この聖女様は――何かを勘違いしているな。
俺は恩顧もないジグラス王国と、知る限り民を軽んじ傲慢な王なんかの為に命を賭けるのではない。
「折角、聖女様に助けていただいた拾い物の命です。――大恩ある貴女を守る為、そして未来ある若人たちを助ける為、せいぜいこのおっちゃんも骨を折るとしましましょう」
俺が命を捨てる価値がある――武士道にかけて戦場に立つのは、護るべき者の為だ。
背後に大恩あるこの女性や、毎日必死に自分の役割を果たしてきた民がいるからに他ならない。
「ルーカスさん……」
女性は少し驚いたのか、眼を見開き――いくらか瞳を潤ませていた。
分かりますよ。
戦場では、感傷的になりやすいですからね。
「わ、私は、聖女なんかじゃないです……」
「ん？」
え、聖女では無い？
周囲の者はそう呼称しているし、歓喜に沸いているのに？
名誉である称号を得たはずなのに、何故そうも――辛そうに曇った顔をしているんだ？
俺の――おっちゃんという称号と比べれば、美しくも気高いだろうに。
いや、比べるのも失礼な程に天と地の差があるかな？
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