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第33話 ジグラス王都の生活
王都へと帰り着いたのは、日が傾いてきた頃だった。
夕陽に照らされた地平線の彼方、城壁から少し離れた位置に広がる農耕地帯の風景が実に美しかった。
何処の世界でも、人にとって衣食住は基本にして生活の質を左右する。
食を支える畑を見るのは、気分が良い。
俺も久し振りに、畑を耕したいものだな。
城門に近づくと、折角の平野なのに畑も姿を消していたが……。
わざと農耕地を遠ざけているのだろうか?
そして兵たちは王都の城門を潜ると、正式に解散。
馬は王都の兵舎に管理を任せた。
毎月それなりの管理費用が請求されるらしいが、それは致し方ない出費だ。
各々が自由行動となりエレナさんもテレジアさんも、それぞれが家路についた。
また必ず、近々再開されるであろう王立学園で会おうと約束を交わして。
俺は準男爵以下の身分の者が通う下院。
2人は男爵以上のキチンとした貴族が通う上院。
学年もクラスも違うが、再会の時が楽しみだ。
とは言え――。
「――俺は何処に行くかな? 実家はもうラキバニア王国に占領されているしな」
テレジア殿やエレナさんは、王都に実家があるんだろうか?
2人とも足を止める事もなく、それぞれに道を進んで行ったが……。
テレジア殿の実家は王都だろうな。
父と会えと言われていたし、学園もある王都に邸宅でもあるのだろう。
「エレナさんも男爵と言っていたな。武家屋敷のように、王都へ館でも構えているのか? それでなくとも上院クラス用の女性寮があるだろうし――……。おお、そうか! 俺にも寮があるじゃないか!」
何分にも人の記憶と統合されたもので……。
細々としたルーカス・フォン・フリーデンの記憶は、思い出すのに苦労するな。
しかし、そうだ。
ルーカスも学生寮に住んでいる。
下院の男子生徒用で、生前の俺が落ち着くような――丁度良い感じにボロく、狭い部屋に住んでいたはずだ。
「よしよし、道もゆっくり思い出しながら進めば分かる。先ずはこの汚れた身形と服装を何とかしないとな。服装の乱れは心の乱れ。何時、人前に出ても堂々と胸を張れる身形にしよう!」
今回の戦功で褒美が出るかは、まだ何も言われてないから分からない。
しかし……もしも報酬が手に入るなら、先ずは清潔な衣服を整えたいものだね。
願わくば刀が欲しいが……前世日本の刀工が鍛えたような刀があるとは限らないからね。
「おっちゃんでもピシッと清潔な服を着て身を清めていれば『不潔だ』と避けられるリスクが減るからなぁ」
近寄っただけで鼻を顰められたら、ショック過ぎる。
人は第一印象が大切だ。
清潔でピシッと小洒落た服装は、第一印象で相手に不快感を与えない為にも、自分が自信を持って笑う為にも必要不可欠。
「もし報酬が出なければ、冒険者ギルドとやらで依頼を受けるのも良いな」
思えば……僅かばかりの金銭は持ち合わせているが――日々の食事にも困る程に手持ちは少ない。
兵士としての俸給が支給されるにせよ、されないにせよ、だ。
食い扶持と衣服を整える金銭を稼ぐ手段は必須。
「薬草集めに開墾の手伝いや、田畑を荒らす魔獣の駆除。いや~冒険者ギルドの仕事が楽しみだ! 心が躍る!」
思わずスキップでもしそうなぐらい、足取りが軽い。
行軍を終えたばかりだと言うのに、な。
若い肉体は素晴らしいね!
「ふむ。この世界で基本の食事……日本で言う米に相当するパンが、1つで120ゼニー前後の物価か」
寮へ向かう道すがら、記憶を統合し確認する意味合いも兼ねて商店街を横目に眺める。
この世界の通貨は10進法を採用しているらしい。
鉛貨が1枚で1ゼニーの価値。
銅貨が10ゼニーで、大銅貨が100ゼニー。
同じように10倍して行き――小銀貨、銀貨、金貨と価値が上がっていく。
一般的に流通されているのは金貨までで、価値は1枚で10万ゼニー。
1000万ゼニーもする白金貨なんかは貴族間や大商人の取引にしか用いられない……はずだ。
多分、恐らく。
ルーカス・フォン・フリーデンの記憶が確かならば。
この通貨製造権も神聖国のみが有しているらしい。
通貨の流出をコントロールする権限を握ってなら、それは宗教以外でも多大な権力を持つはずだよな。
「衣服は安いものでも一着で8000ゼニーか……。う~む、早く稼がねばな! 欲しい物の為に大好きな剣を振るう。経験を積め、依頼を果たせば金銭も受け取れ冒険者ランクも上がり、人助けにもなる! 一石四鳥じゃないか! はははっ! 明日の朝一にでも、ギルドへ依頼を受けに行って見るか?」
流石に兵が解散して翌日から学園再開とはならないだろう。
これだけ国力が削られた大敗の後だと言うのもある。
死傷者や功罪を把握するのには、時間を要するものだ。
まして、実質的に大敗を喫しているのだからな。
動員された学生兵の安否確認も含め、王都は暫く忙しくなるだろう。
「おお、上手そうな香りだ!」
踏みならされた土の道を歩いていると、肉の脂が焼ける良い香りが鼻腔を擽った。
露店で串焼きが売られているようだ。
何の肉かは分からないが……俺は花の蜜に吸い寄せられるミツバチのように露店へと歩みを進める。
「へい、いらっしゃい!」
「店主、これは1本いくらですか?」
「80ゼニーだよ! いくつ買ってく?」
成る程、80ゼニーか。
手持ちは――鉛貨が7枚。
それに銅貨が3枚に大銅貨4枚、小銀貨が1枚……か。
つまり全部で……1437ゼニー。
「依頼を終えるのは、だいたいが1日がかり。明日の朝と昼の食事代金代を考慮すれば……」
無学文盲ではあるが、おっちゃんにもなればある程度の算術が身に付く。
そうでなくとも前世では、軍事や開墾事業で数字と触れ合う機会もあったからな。
「よし、10本ください!」
「あいよ、800ゼニーだね!」
手持ちで一番価値のある小銀貨が消え、代わりに大銅貨が2枚帰って来た。
「……決して計算を間違えた訳ではない。強行軍を終えたばかりの若い身は、栄養を欲していたからな。これが俺にとって均等な3分割だったのだ。はははっ!」
中身がおっさんになるにつれて、独り言が増えていかんね。
本当に言い訳ではないけれど、腹が空いては戦は出来ない。
武士は食わねど高楊枝とは言うけれど――食わなければ、楊子を咥えたまま飢えて死ぬからな。
武士道と恋の道に満足して戦場で散る。
そんな生き様を送る為にも、衣食住の食を最低限は満たさないとね。
そうして俺は見慣れぬ建築様式の筈なのに、不思議と慣れた感覚がする寮へと戻った――。
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