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第4話 おっちゃんの聖女!
「死した者の命を蘇らせる、そんな聖女の資格足る力、私にはないんです……。ルーカスさんが蘇ったのはただの偶然なのに、そんな祀り上げられても困ると言いますか。畏れ多いと言いますか……」
「……ふむ。だから自分は聖女ではない、と……。自らを聖女ではないと否定する貴女へ言いたい事はありますが……。その前に、恩人である貴女のお名前を教えていただけますか?」
俺が――真のルーカス・フォン・フリーデンとは違うから、貴女には異世界から魂を呼び寄せる。
そんなもっと違う凄い力を持っているのかも……だとか、色々と言いたい事もある。
でも今は先ず、呼んでもこの女性が不快に思わない名を聞きたい。
「私は――テレジア・ド・ノルドハイムと申します! 聖女ではなく、テレジアと呼んでください!」
「分かりました。――俺は無学文盲な男です。まぁ無学文盲なりに聞く学問……耳学は出来ますがね?――おっちゃんになると名前も覚えられなくなってくるが……。恩人であるテレジア殿の名は、確かに聞きました。もう忘れませんよ」
すっかり名前も何もかも、忘れっぽくなっていたからな。
それでも――良く見聞きして学び、活かす姿勢は最期まで忘れなかった。
この肉体は脳も若いし、生前より物覚えも遙かに良いだろう。
「おっちゃんって……またご冗談を。学園の同級生がおっちゃんと言ってるなんて、変ですよ?」
「変、ですか。はははっ! そうかもしれませんが、俺にも事情がありましてな……。兎に角、今の俺にとってはテレジア殿は若いのですよ」
「今の俺にとっては? ルーカスさんは、学園でお会いした殿方とは少し違いますね……。上院と下院とか、そう言うレベルの問題じゃないような……」
それはそうでしょうね。
何しろ、中身は総計55年ぐらい人生経験を積み重ねたおっちゃんですから。
「いずれにせよ、学園の事などはこの戦を乗り越えてからです。死んでしまっては身分も学生も無いですからなぁ。はははっ!」
過去の戦場を思い出し高らかに笑う俺は――やはり芯から壊れている、人斬りなのかもしれない。
出自も良く己の身分を傘に着た男が――戦場では一兵卒と同じように無残な骸となる。
そこに貴賤は無い。
人の身分なんて人が勝手に作り、人を従え易くする下らない制度でしかないのだと気付かされた。
真に尊い人とは――自ら付いて行き、命を捧げたくなるようなカリスマ性を持つ人だ。
それと……このテレジア殿のように、窮地でも心優しく居られる人だ――。
「――ルーカスさん。この戦で勝利できたら……わ、私と学園でお友達になってください!」
「テレジア殿とお友達、か。これはまた……敵に背を向けて死ねない理由が増えてしまいましたな」
「で、では……私と、お友達になっていただけますか? お友達になったら、先に死なれるのは辛いんですからね?」
凄く必死な様子だ。
勇気を振り絞ったのか、手も唇も少し震えている。
この娘――もしかして今まで、友達がいなかったのかな?
凄く良い娘そうなのにな……ああ、そうか。
この大陸中央から西部で絶大な権力を持つ、ガンベルタ教の枢機卿を父に持つんだ。
きっと周囲も腫れものを扱うように接していたんだろう。
真の友や仲間には恵まれない。
そんな境遇だったのかもしれない。
テレジア殿の言葉は――仕事に明け暮れ、普通に友達がいなかったルーカスからすると……もの凄く嬉しい。
だけど……。
「……テレジア殿のお心遣い、まことに痛み入る。――されど俺は拾った第2の生で、武士道の探究をしたいのです。……あと、恋愛も」
「え? れ、恋愛?」
ボソッと付け加える。
すると、テレジア殿は首を傾げた。
「ええ。ああ、いえ。歳の差がありすぎるテレジア殿には、関係のない事を申しましたな」
俺はロリコンと言う生物とは違うだ。
この世界には、それなりの数でロリコンがいるようだけどね。
「で、ですから……私は同級生ですよ? その恋とかは、経験が無いので分かりませんけど……」
「おお、そうですか! それなら俺と同じ恋の道初心者! 探求が楽しみですな!」
「そ、そうですね。恋の道の探求なんて初めて聞きました。でも、先ずは友情から私は知りたい……なぁ。なんて」
テレジア殿は苦笑している。
ああ、そうだった。
全く、俺は何度も同じ事を説明させて……仕方が無いな。
でも、その約束は軽々に交わせない――。
「――戦場では常に死と隣り合わせですからな。……軽々しく戦後の約束を交わしては、お優しきテレジア殿は心を痛めましょう? だから、約束はまだ出来ません」
「あ……そう、ですか」
「この戦でおっちゃんの身命に何かあっても、傷付く事のないようお願い致します」
「…………」
「だから、その約束については――無事に戦を終えたら、またお話しをしましょう。どうぞ、よろしくお願いします」
頭を下げ、お願いする。
暫し言葉は返って来ずに、静寂が流れた。
少し顔を上げ、チラッとテレジア殿の顔を見ると――訝しげな表情で、顎に手を当てていた。
え?
それ、さっきの会話でする表情かな?
今、どんな感情に至ってるの?
俺は何か、怪しまれるような事を口にしただろうか?
「……ルーカスさん、どうしてでしょうね? 今の貴方様は、信じてしまいたくなる。側にいたくなるような、不思議な魅力を感じるんです」
「……ほう、魅力ですか?」
多分、気のせいだろう。
日本にいた頃、俺は――そんな魅力、カリスマ性を感じる人に付き従った。
でも俺のような人斬りおっちゃんに、そんなものが有る訳がない。
多分、感じているのは魅力じゃないだろう。
見た目が若いのに中身が総計55年近く生きている、おっちゃんだと言うチグハグ差から来る違和感じゃないかな?
「学園でお見かけした時には、このような事はありませんでしたのに……。不思議です」
でしょうね。
何しろ、中身が別人なんですから。
「……それについては、いずれ機会があれば。一先ず、最初の話に戻りましょう」
「……最初の話、ですか?」
「――テレジア殿は、自分は聖女じゃないと仰いましたね?」
「あ……。はい、その通りです」
俺がこれから、慣れない得物に最悪な戦況の戦場に散るとしても――だ。
自分は『聖女じゃない』と重荷に感じて笑えないでいる女性に、これだけは言っておきたい!
「事実、私には聖女と呼ばれるような癒しの力はありませんので……」
「癒しの力は良く知りませんがね……。紛れもなく貴女は――俺の聖女ですよ」
「……え?」
そう、誰がなんと言おうと彼女は――聖女だ。
俺という――おっちゃん、おっさんにとっては、な!
「私のようなおっさんに心を開き、本心から友人になりたいと優しく接してくれた。――これが我々おっさん達にとって希望の聖女じゃなければ、一体なんだと言うんですか?」
微笑みながら、そう告げる。
するとテレジア殿は――やっと表情を綻ばせ、頬を赤らめた。
「も、もう! からかわないでください!」
少し怒ったように言う彼女は――言葉とは裏腹に、笑顔だった。
うん、良い笑顔だ。
己が護りたい、この笑顔が背後にあるから――サムライは最期まで、死力を振り絞り剣に向かい、戦で死ぬのを怖れずに済むのだ!
「はははっ! 折角、戦えるようテレジア殿に治していただいた身体です。貴女が戦火に焼かれぬよう……武士道に悖る行為に後悔して最期を迎えぬように、おっちゃんも一働きしてきますよ。――それでは」
治療の為か、脱がされ地に転がっていた薄い皮鎧を拾い、俺は再び歩きだす。
そうしてテントを出るまで、背中に視線を感じた――。
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