7人が本棚に入れています
本棚に追加
第5話 戦の始まりだ
テントを出た俺は、剣を抜き眼前に持って来る。
決して良い剣では無さそうだ。
数打ちか、鋳造されたような剣。
「魂の籠もっていない剣だ……。だが――鏡としての役割は十分」
鈍く太陽の光を跳ね返す刀身に――俺の、ルーカス・フォン・フリーデンの顔が映っている。
日本で生きていた時とは全く異なる顔立ちだ。
黒髪に赤眼、女性と見紛う細く端正な顔立ち。
日本で生きていた頃から洒落男とか、モテるとは評されていたが……ここまで美男子ではなかった。
「……本当に、俺は産まれ変わったと言うのか。別の人間として、産まれ変わる。……成る程、俺がして来た罪を考えれば、この乱世のジグラス王国へ産まれ変わったのにも納得だ。――はははっ! まさに自業自得だな!」
徳を積めば来世は人間だと言う。
だが誰が言ったか、この世は――神に選ばれなかった穢土だ。
天国へ行く選ばれた魂になる試練の場である、と。
それならば大義の名の下に多くの人を殺めた自分が再び、乱世の人の世に転生した事にも納得が行く。
つまり――俺は悪徳を積みすぎたと言う事だ。
悪の得を積んだからには、人間として来世でも試練を与える。
魂を磨き直してこい……とね。
徳は徳でも、道徳を積み重ねた立派な御仁は、さぞかし平穏な世界の人間へと生まれ変わった事だろう。
「……しかし――幾度思い出しても、酷い戦況だ。経験豊富な勇将から死に、今でも残っているのは家柄のみしか誇れぬような若い将官ばかり。――とは言え相手のゾリス連合国……ラキバニアの攻めも、実に荒くなっている」
冷静に戦場で起きた事、そしてジグラス王国の戦力を思い返せば――どうにかなる。
有能な指揮官がいれば、滅亡を遅らせる事ぐらいは出来る。
もうじき冬が来る。
退路が塞がれる積雪の季節まで耐えれば、敵は大軍を引き上げるしかない。
危惧するべきは多くの砦へ兵と物資を運び込まれ、冬でも攻められてしまう事態だ。
「護るべき民やテレジア殿たちを守る為、指揮官に提言をしたい所だが……。今の俺の身分では難しいか」
冷たい風が吹く中、空を見上げる。
暫し、これから己がどう立ち振る舞うべきか。
無学で学問への造詣がない者なりに、頭を捻り――。
「――ならば、大きな首級を上げるしかない、か。相手も最早、ジグラス王国は無策に突っ込んでも終わりの烏合の衆。戦功を競い合うのみで連携も取らない様子が記憶から見て取れる」
既に作戦も何もあったもんじゃない。
準備が整ったら、突撃を繰り返していただけ。
実際、それで潰される状態だ。
「方面軍を指揮していた身分から10人隊長。この、ままならぬ身分から――成り上がって行ける伸び代があるのも、面白いじゃないか。この年齢……精神年齢にして、上を目指せるとはな!」
胸の鼓動が高まるな。
今生では戦にばかり明け暮れる気はないが、攻められて座していても死ぬばかりなのも事実。
その結果、犠牲を減らす為に尽力出来る立ち位置に就けるのは悪くない。
方面軍司令官としてなら、俺程度でも力になれるだろう。
少なくとも、現指揮官よりは余程な。
「どれ……おっちゃんも頑張るか。この身体は15年なだけ合って、動きの軽さは最高だ。……筋力と剣、魔力は物足りんがな。しかし、それも鍛錬のしがいがある。はははっ!」
快活に、そう開き直る事にした。
竹を割ったようだとか、淡泊で豪放と周囲に称されるこの性格は――死んでも直らなかったみたいだ!
治療を終えたことを直属の上官に告げ、俺は持ち場に戻る。
陣の中は――まるで通夜のようだ。
それもそのはずか。
相手方3万5千以上の兵に対し、こちらで闘えるのは残り6千程度まで削られている。
完全に劣勢。
ここまでの連戦連敗もあり、戦況は絶望的で士気も低い。
「この士気では、聖女を生み出して希望としたくもなる、か。……若者に過度な重責を負わせるのは、よろしくないと思うけどねぇ」
しかし相手も、この一回の出征で――ここまで奥深くへ攻め入れるとは想定していなかったのだろう。
幸か不幸か。
今は半壊の我がジグラス王国軍の止めを誰が刺すかで、戦功の奪い合いが生じている様な用兵だ。
総大将のいる本軍を護るように陣を構築している我が軍。
背後に砦はなく王都の間近まで後退しており、最早迎え撃つぐらいしか打つ手はない。
だからこそ――。
「――ラキバニア軍が……ゾリス連合国軍が動いたぞ! 全員、武器を持て! 迎撃だ!」
戦は単調なものになる――。
最初のコメントを投稿しよう!