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第6話 前向きに悪徳を重ねよう!
俺は準男爵家の3男、地元から率いて来た10人の隊長と言えど――既に、部下は全滅した。
正確には――逃亡させたと言うべきか。
このフリーデンと言う男は、剣の腕や魔力も劣等生ながら――領民を思う気持ちは見上げたものだ。
「震える手足、己の死を覚悟して――部下を敵に奪われた故郷に逃がす、か。大した覚悟だ」
元々、故郷を護る為にと徴兵に応じた部下だ。
故郷を奪われ、戦う理由も失ったなら――隊長である自分の戦闘不能を言い訳に逃す。
これを考えこそすれ、実行に移せるののは素晴らしい。
故郷での生活を思い出しても、ジグラス王都にある学校へ行っていない期間は田畑を耕し民と収穫の喜びを共にしている。
「全く……。戦とは、良い男から死んでいくな。社会も戦場も同じ。狡猾で他者を利用する悪人の方が長生きする。世に悪が蔓延り血を繋いでいくのも、道理だ」
ラキバニア王国軍先頭の長槍部隊が、地を踏み鳴らし恐怖を声で誤魔化しながら迫ってくる。
十分に引きつけた後――。
「――魔法隊、迎撃! 弓隊、矢を放て!」
防衛側の我が軍の指揮官――確か最前線指揮を担うのは、男爵家出身の騎士だったか。
本陣には侯爵家の当主が総大将、伯爵家が補佐として兵を率いていたはず。
「……戦下手と責めるには、酷か。親が戦死して家督を譲られた若い者の初陣が、この戦力差ではな」
ボソリと呟く。
元より――勝ち目のある戦ではなかった。
小国に過ぎない我がジグラス王国が諸王会議で独立を宣言したのは――後ろ盾にガンベルタ教の総本山、メルガリア神聖国があると勘違いしてのものだったらしい。
「唯一神ガンベルタが地上を平定するよう神託を授けたメルダニアの皇帝と同じ『ヴァン』の名を継ぐ王。そして我が国に17人しか存在を認められぬ枢機卿――『ド』の名を冠するノルドハイム家がいるからと……全く、虎の威を借る狐だな」
テレジア殿の実家、ノルドハイム家が居るから逆らうはずがない。
ましてや自分はガンベルタ神が地上を平定するよう申しつけた者と血が繋がっているからと……。
甘い見込みだ。
先見性がないにも程がある。
流石に王の独断専行と言う事もないはずだが……。
おそらく自分に耳心地が良い言葉のみを口にし、諫言をする真の忠義を持つ者を隅に追いやり続けたのだろう。
残るのは浅慮で国を滅ぼし民を殺す――そんな己の欲に支配され、先々までは頭が回らない。
愚かな権力者、魂が汚く染まったおっさんどもだ。
「そうとは言え、顔も合わせずに愚王や愚臣どもだと決めつけるのも早計か。噂では愚物でも、実際に会えば良いヤツなど山ほどいるんだからな。他者の噂にながされるものではないか」
もしかしたら、武士としてこの人の刃となり死ねると思える人物の可能性も……いや、そこまでは期待出来そうにないか。
突っ込んでくる槍兵たちが、弓や魔法による一斉射撃に倒されている間――益体もないことを考えてしまう。
「うわぁあああ!」
矢と炎や雷魔法による雨をくぐり抜け――敵の槍兵たちが防護柵にまで辿り着いた。
最前線に置かれるのは……やはり罪人ばかりか。
質素な装備をした者が柵を倒そうと縋り、その後ろから弓矢も魔法攻撃も受けていない――揃えの家紋が入った装備を着込む者たちが押し寄せて来ている。
逃げればどちらにせよ、後がないのだろう。
「――全軍、突撃! 押し返せ!」
弓や魔法を打ち尽くしたのか、やっと指揮官から突撃命令が出た。
さて――。
「――見事だった。ゆっくり休んでくれ」
「ぁ……」
敵の槍を柄から斬り、剣の腹で後頭部を叩く事で意識を刈り取ると――簡素な装備の槍兵は、何処か救われたような表情で地に伏した。
「さて、敵将まで突撃するとするか!」
この世界で警戒するのは――魔法のみ。
まるで洗練されていない剣術など、恐るるに足らず――。
「――ルーカス・フォン・フリーデン! 押して参る!」
身形が良い兵を掻き分けて行けば、そこには確実に指揮官がいる。
戦を終わらせ護るべき者を護り――恋の道を探求する為。
そして再び武士道の探求を続ける為――この異世界でも俺は、悪徳を重ねよう!
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