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第7話 薄笑いは――人斬りのスイッチ
「――お、おい! そこの貴様、突出するな!」
立ち塞がる敵兵を切り伏せ、敵将に向かい走る俺の背に――そんな声が聞こえた気がした。
だがチラとそちらを見れば――隙間無く突き出された槍によって、俺へ指示をしたらしき男も討たれている。
「早く、早く敵将を討たねば!」
時折――妙な威力を持つ剣と、異常な耐久性や筋力を持つ兵がいる。
眼を凝らせば、そいつらの身には妙なオーラが纏っている。
「あれが魔力……。記憶にある者と実際に見るのでは、全く違うな」
魔力と言うのは、よく知らん概念だ。
魔法もてんで分からない。
刀で斬り合う戦術から銃の射程も連射力も変わる戦争の変化へ対応するのに必死だったのに。
物覚えの悪くなったおっさんに、新しすぎる概念を0から叩き込まないで欲しい。
だが銃の射程が伸びたとか、連射力が上がったのと同様――知識のアップデートなら、0からよりはマシだ。
元々、この身体の持ち主は僅かばかりに知識を得られる階級にあった。
魔法についても、浅くなら分かる。
知識を最低限しか学べない場所で、真剣に学習しようとしていたことに感謝だ。
摩訶不思議な火だの水だの雷だのを出すような魔法は分からないがな。
でも――俺のようなおっちゃんは、自分が使う物だけ理解し、知恵を深めれば良い。
と言うより、それが精一杯だ。
即ち――肉体強化と物質強化、気配探知だ。
少ない学の中で、魔法というのはイメージだと言う教官の言葉が記憶にある。
この魔力による肉体強化と物質強化は非常に分かりやすい上に、剣術にも通じる。
「剣士の纏う並外れた、それでいて澱みない剣気と魔力は似ている。――よし、理解した」
優れた剣客は、余計な力みなく合理的で斬る瞬間のみグリップに力を入れる。
体術も同様、0から限界までを如何に素早く合理的に行うかだ。
敵を見、学び。
そして真似をして――自分も体得した。
「コツさえ覚えてしまえば魔力量が少なく劣等生と言われたこの肉体でも――人間相手には十分すぎるな」
人間との戦闘で魔力が無駄に量があっても仕方がない。
使い方が正しくなければいけない。
竹で作った水鉄砲と同じだ。
同じ水の量が入っていても、押し出された水が噴出する口が小さく限定されていた方が、一点の力が強いのと同じ。
穴が大き過ぎる――つまり無駄遣いをしている魔法は、水浴びと一緒だな。
大洪水のように何もかもを吹き飛ばす膨大な魔力保有者も居るのかもしれないけど……。
そんなドバッと浴びるような物は、温泉の湯だけで良い。
酒を飲みながら、温泉で雪見風呂でもしたいものだ。
武士道の真髄について語り合える仲間や、恋人……。
こちらで言うパートナーと共になら、なお素晴らしいだろう。
こんなことを言うと、おっさん臭いと言われてしまうかな?
実際に中身はおっさんだし、気持ち良いものに嘘はつけないから仕方ないけどな!
「――はははっ! 知識の片隅にある、都市壊滅の危険性があるSランク相当の魔物……。鉄にも勝る鱗に覆われたドラゴンを斬るには、更なる魔力への知見と修練が必要だろうがな」
「な、なんだコイツ!? 戦場で笑ってやがるぞ!?」
「深入りして辺りが見えてやがらねぇのか!?」
「完全におかしくなってやがる! 何故だ、何故――貧相な装備の雑兵1人が討てない!?」
「止めろ! これ以上は進ませるな!」
全身を立派な鎧で覆う兵が、口々に叫びながら寄って来る。
だが――これぐらいでは、問題にもならない。
真の死線を潜り抜けて来た。
伊達におっちゃんと呼ばれるまで生き抜いていないのだ。
「魔力とは素晴らしいな。鎧の隙間を狙わずとも、上手く使えば大根のように敵が斬れる。――それに、若い肉体のキレは素晴らしい。若返ったようだ!」
磨いてきた技の高みを、若い肉体で探求できる。
それは特に武士道における武力の行使において、非常に有利だ。
「この世界特有の魔力で強化された剣士としても、まだまだ伸び代だからけの青く素晴らしい肉体だ!」
心技体を己なりに探求する旅路の猶予が、非常に伸びた。
戦に明け暮れた前世でも真髄――納得の行く死に様へ辿り着けなかったからには、他の考えが必要なのだろう。
たとえば、今世では人間らしく恋の道も歩んでみたり……。
見合い結婚や政略結婚だったとしも、そこに護るべき愛する家族と言うものが出来れば、きっと――。
「何年生きようと、やりたい事が広がる未来があれば心に活力が満ちるな。……歳をとり未来が狭まれば、その活力が失われがちでいかんね。もっと視野を広げねばな。はははっ!」
全く……。
滅びの道しか残されていなかった俺が、こうなるとは……。
人生とは、最期の最期を迎えても分からないものだな!
最高に愉快で、ときめいてしまう!
新しい肉体になる前なら、心臓の病を疑う程に血湧き肉躍るな!
戦場に一度立つことを決めたなら、迷いは禁物。
元々、おっさんなんてのは若い時と比べて――人生を諦観して見ているものだ。
自分の働きに一々、悩む事も少ない。
若ければ――自分の仕事が、この人斬りに果たして意味があるのか。
あらゆる事で葛藤をしては乗り越えてを繰り返すんだろうけどな。
おっさんは、1つの事で手一杯。
そんな訳で――。
「――馬に乗った騎士に囲まれ、立派な鎧を纏うおっさん発見。敵将と見た! その首もらい受ける!」
「――こ、この男……口元で薄く笑っているぞ!?」
「ひ、人斬りに快楽を覚える異常者か!?」
「こ、殺せ! 子爵に近づけるな!」
ラキバニア王国子爵の側近兵である、魔法使いらしき者たちが――雑兵を巻き込むのも構わず、業火の炎や迸る雷、水の槍を連射してくる。
威力は凄まじいけど、魔力がつむじ風のように収束しては発射されだからな。
これなら、鉄砲や弓の方が避けにくいね。
「な、何をしている!? 雑兵になどいくら当たっても構わん! もっと大魔法を放て!」
「は、はい子爵!」
「わ、我々もやっているのですが……。あやつ、この状況でも薄ら笑いを浮かべているだと!? 舐めやがって若造が!」
ああ、子爵よ。
貴様は――俺が人斬りとして、斬るべき悪だ。
心に長年の落ちない汚れが付着した――若者の未来を黒く塗りつぶす、おっさんだよ。
思わず薄ら笑いが浮かんでしまうのは――俺が人斬りとして斬るべき、害悪だと認めた証だとも。
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