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第9話 馬鹿正直と正義は違うのだよ!
混乱する兵、歪に隙間の空いた陣を追っていけば――いずれ逃げたラキバニア王国の子爵へと辿り着く。
大将が逃げている姿を目の当たりにすれば、従う将兵が混乱しないはずもない。
後ろには相も変わらず、魔法を使う側近兵たちが馬を駆り追ってきているが――。
「――な、なぜ当たらん!? 魔力の流れを読まれているのか!?」
「馬鹿な!? 我らの練度なら1~2数秒以内で魔力が収束するのだぞ!?」
「そんな芸当、並の兵士に出来てたまるか! 偶然、偶然だ!」
「クソッ! 俺たちも馬を駆って追うぞ!」
小銃に眉間を撃ち抜かれると言う経験をしていて良かった!
ご推察通り――魔力の流れは読みやすい!
ご丁寧に杖までコチラに向けてくれているからな!
1秒以内はキツイが……1秒以上あれば十分に回避行動は取れる!
流石に四方八方を囲まれて魔法を浴びせられればどうしようもなかったが――。
「――功を奪い合い、自軍のみで突出するからこうなるのだ!」
青いな!
ケツに蒙古斑やら卵の殻が付いてるんじゃないのか!?
はははっ!
「――居た!……自軍の兵士を馬で弾き飛ばしながら逃げる大将、か。人斬りの役目、血が騒ぐ老害だ」
馬の扱いも下手だ。
手綱捌きが悪く、何の罪も無い若人に衝突していて――直ぐに追いつけてしまった。
自分の為に働く兵士を消耗品としか思わぬような、逃げ様……。
このおっさんの顔に――思わず薄い笑みが、俺の中に巣くう人斬りの鬼が浮かんでしまうよ。
さて――。
「――老害子爵、お覚悟を決められよ。せめて散り様は名を汚さぬようにな」
「ひっひぃいいい!? や、役立たずの愚図共めが! 貴様らぁ! その身を挺してこの小僧を止めよ! 私の為に死ね、死ねぇえええ!」
子爵は醜く馬にしがみつき、何の計画性もなく陣を逃げ惑いながら――その辺の兵士たちに指示をする。
自分の身を護る為に、命を投げ打ち立ちはだかった勇気ある者――将軍や兵たちに向かい、愚図とはな……。
救えない歳月の重ね方をしたものだなぁ……。
俺の傷を治してくれたテレジア殿や、民を救いたい思いから剣を振るうのとは別に――この者は、武士道の信義に生きる者として斬るべき害悪だ。
俺は剣を振りかぶり――自分の肉体と剣へ魔力を込める。
「中身は同じおっちゃんだろうと――こうはなりたくないものだね!」
「――が、ふ……。そ、そんな……」
後方から心臓を貫き――子爵は、血を吐いて項垂れた。
このまま頭部の鎧のみを持って帰るのも良いのだが……。
それだと――俺は帰陣までに討たれるかな?
折角、テレジア殿に助けて頂いた命だ。
武士道と、恋の道を探求したいという願いもある。
このような場所で齢15歳――精神年齢55歳前後で死んでは勿体ない!
身体は子供、思考はおっさんだな。
はははっ!
「ラキバニア王国兵、そしてゾリス連合国兵よ! 子爵が通る! 俺を攻撃しては、子爵に攻撃が当たるぞ!?」
「ぐっ! 子爵を盾にするとは……この卑怯者めが!」
「卑怯? 馬鹿正直と正義は違うぞ、若者よ! 戦で敵に勝利する為に手を尽くし、大義の為に生きる手段を卑怯とは言わぬ! 己が心に一本抱いた芯や誇り、道義を曲げて裏切る行為をこそ、名を汚す卑怯と言うのよ!」
はははっ!
恩には恩で、仇には仇で返す物。
例えば、大義の為に恩人を斬らねばならない時はどうするか?
そう言う時、俺の武士道では――恩を受けたら十分に礼を言い、それが済んだら斬る!
この道が間違っているとは思わない!
そうでなければ、動乱の世では何一つとして成し遂げられはしないからな!
太平の世に掲げられた武士道と、動乱の世で変化した武士道。
生前の俺が探求をした結果、辿り着いた武士道の答えとは――死に様だ。
どう生き、どう死んだか。
そこに満足が出来る武の道を敷けたか、だ。
日本で生きた俺は――満足が出来なかったのだ。
それは大義を成せずに朽ちたからかも知れないし、恋など人が通る道を見て見ぬ振りして生きたからかもしれない。
目的の為に人を斬るだけでは、真に満足出来有る武士の道は切り拓けなかった。
この第2の身体で得た人生では――満足が出来る武士の道とは何か。
存分に考え探求して、笑って最期を迎えたいものだな!
「さぁ、道を空けよ!」
魔力で強化した身体能力で子爵を剣に突き刺したまま、眼前に掲げる。
そうして斬るべき悪であった子爵を盾に――馬を駆る。
「ま、待て! 子爵を解放しろ!」
俺の後ろには、数名の騎兵が追って来ていた。
流石に2人分の重量を背負っているとあっては……良い馬だろうと追いつかれるか。
だが――。
「――お、おい。あれ……」
「ほ、本当に子爵が討たれたのか!?」
狙い通りと言うべきだろうかな?
子爵を追う側近部隊のお陰で、俺が子爵と将軍を討った事実は――現実の物として敵味方へと瞬く間に広がったようだ。
「大群が相手なら、こうでもして士気を下げておかないとな。本当は死者に鞭を打つような真似はしたくないんだけど、ねぇ……」
武士の情けとして、死後に遺体の返還が出来るようには掛け合いたい。
だが――味方を踏み潰してまで逃げようとした、武士道の義に背く指揮官がこの子爵だ。
無駄に子爵の馬の蹄で死んだ兵と家族、そして仲間を思えば――自陣へ戻る盾にする程度は許容範囲だろう。
それに……俺の大義、民や護るべき人を護る刃として――討った敵に情けをかけ、道半ばに折れる訳にはいかない。
そうして馬を止める事なく駆け続け――自分たちジグラス王国の陣が見えた。
最前線で既に矛を交えていたラキバニア王国兵は殺気立ち混乱している。
子爵がどうなろうと攻撃してくる可能性もあるな。
ここを無事に抜けられるどうか……。
「き、貴様ぁ!」
案の定――走る馬の前に飛び出し、槍を突き出してくる命知らずな若者が現れた。
「くっ!――退け! 若いの!」
俺は突き出された槍を剣で払い、馬を跳躍させる。
「ふぅ……。無駄に踏まずに済んだ。将軍の馬が良く訓練された名馬で助かったな」
「――だ、誰が若いのだ! クソガキが!」
「追え、追えぇえええ!」
「逃がすなぁあああ!」
「ああ、もう! そうやって敵陣に深入りしてまで走ってくるから――俺に若輩者、ケツが青い、駆け出し小僧扱いされるんだぞ!?」
「貴様こそ小僧だろう!? どの口が言うか!?」
あ、ヤバい。
言い返す言葉もない。
敵陣に深入りしたり見た目が若いのは――俺も同じだ。
これは若いのに一本取られたな!
おっちゃん、参ったよ!
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