2

1/1
前へ
/4ページ
次へ

2

森野くんはバスケ部だったが、1年前の練習中にシュートの着地に失敗して足を痛めた。 しばらく休んでそのまま退部したそうだ。 隣の席になって放課後は美術室にいると話したら、頻繁に来るようになり仲良くなった。 その怪我の瞬間も私はここで見ていた。 そういえばあの時の森野くんも苦しそうだった。 …そう、溺れてるみたいに。 森野くんもあちらの世界では生きていけなくなったのかな。 『それ、アサキだろ?』 ズバリ言われて慌てて隠し、思わず『な、なんでわかるの?!』と言ってしまった。 火照った私の顔を見て『背番号書いてあったじゃん。』と優しく笑った。 『アサキのプレーはカッコいいよな。』 その様子になんだか否定しても無駄な気がして、紙を隠した手の力を抜いた。 『アサキと三浦(みうら)って小学校も中学校も一緒で友達なんだろ?アサキが言ってた。』 私の話なんかするんだ、と驚いた。 『そうそう。』 『好きなの?』 唐突にハッキリ聞かれて驚いたが不思議と嫌な感じはしない。 自分の心にも問うように『どうかな。』と返事した。 ほんとうに『どうかな』なんだよ。 幼い頃からの友達の男の子はいつの間にか初恋の相手になった。 好きで好きで、だけど言う勇気の無いまま追いかけてきたけど。 友達には変わりないけど。 部活に打ち込むアサキはあっという間に違う世界の人になった。 のびのび泳ぐ姿を見るのは嬉しくもあり…でもこんなに息苦しいなら追いかけなければよかったと思うようになっていた。 『たまに一緒に帰ってるの見かけたし、仲がいいから付き合ってるのかと思ったけど違うんだな。』 『うん…ただの友達だよ。』 自分の言葉が自分に刺さる。 少しの沈黙を雨音が埋める。 『じゃあさ、今夜の富士沢公園の花火大会、俺と行かね? 雨で中止だったら会うだけでも。』 なぜ突然そんな話になるのかと頭が真っ白になったが、森野くんがしきりに赤い耳を触っているのを見てお誘いの意味を理解した。 また雨音が沈黙を埋めてくれる。 このまま誘いに乗って流されるのもいいかもしれない。 同じ世界の人と一緒にいる方が幸せ? …ほんとに? 『私は…』 答えかけた時、教室のドアが開いた。 『(あおい)、帰ろうぜ。』 制服に着替えたアサキが入ってきた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加