魂の歌声。

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 今日は待ちに待った推しのライブだ。メンバーそれぞれがドラマや舞台等様々なメディアで活躍する人気グループ『Starry Night』。私はデビューからずっと彼らが大好きだった。  圧倒的ビジュアルと高い演技力を誇る、いつでも全力でハスキーボイスが格好いいリーダーの『赤星燈夜くん』。  ダンスが得意で普段の立ち振舞いから指先まで魅せ方を熟知しているのに、どこかふわふわした不思議な魅力の『青月一彩くん』。  ファンサービスが手厚くパフォーマンス慣れした、しっかりものな最年長のお兄さん『銀河廻くん』。  聴く人誰もを虜にする繊細で美しい歌声が持ち味で、見た目も可愛い最年少の『翠心輝くん』。  それぞれの輝きを持ったお星さまのような彼らに、私は夢中だった。憂鬱な通勤時間の電車の中では彼らの動画を見て自分を鼓舞し、嫌なことがあって布団の中で踞る日には彼らの歌を聴いて癒された。壁に貼ったポスターやブロマイドは私の宝物だ。  私の日々の糧であり、なくてはならない存在。そんな彼らをやっと、生で見ることが出来る。 「今日はきっと、世界一幸せな日になる……」  何度も確認したチケットに印字された指定席に向かい、前から九列目でも思いの外近いステージに胸を躍らせる。この距離で、愛する彼らを見ることが出来るのだ。  右隣の席の女の子が可愛らしい赤いスカート、左隣の子は緑のワンピース。前の席の子がポニーテールに映える青いリボンに、後ろの子は大きな銀色のアクセサリーを身に付けていた。それを見ると、彼女たちが誰を推しているのかすぐにわかった。  私は『Starry Night』みんなが好き。所謂箱推しというやつだ。みんなそれぞれ違った魅力があるのだから、一人に決められないのはしかたない。パンもご飯も麺も粉ものも全部捨てがたいのと同じだ。  グッズは全員分買ったし、ライブTシャツにジーンズなんて飾り気のない私の服装は、特に誰推しというようにも見えないだろう。  ソロ曲はその子の色を振ればいいとして、集合曲はペンライトを何色に光らせようかと今から悩んでしまいながら、その時目を奪われた子の色をつけようかと考える。  四人全員を見たいと願っても、人間の目には限界があるのだから仕方ない。同じ舞台を見ていても、推しが違えば見ている世界がまったく違うのもよくある話だ。現地は目が百個あっても足りない。 「あ……始まる……」  そうこうしている間にライブの注意事項のアナウンスが流れ、会場が暗くなり、ファンたちは各々推しの色のペンライトをつけ始める。  やがて眩く照らされたステージに最愛の彼らが現れると、スピーカーから響く大きな伴奏にも負けないくらいの歓声に、会場が揺れた。会場のみならず、ご近所も揺れたに違いない。 「わ……わぁ……っ」  今まで画面越しにしか見たことのない、実在することさえ疑っていた彼らが目の前にいる。その現実に、既にキャパオーバーだった。ペンライトを何色にするかなんて些末な悩みは吹っ飛び、極力彼らから目を離したくなくて曲ごとの合間に適当に変えることにした。  あとは目の前で繰り広げられる圧倒的なパフォーマンスに酔いしれるしかない、夢のような時間。  繰り返し見たデビューライブの映像は、次に誰のアップでどんな表情をするかまで覚えていた。だから『この笑顔可愛いんだよね』なんて思える余裕もあるが、現地ではそれが通用しない。  一秒ごとが新規映像。一瞬ごと誰を見るのかさえ自分で決められる。頭で考える余裕さえなく、私は常に忙しく目線を動かしていた。  一番近くの正面で歌っている子、ダンスパートで一番目立っている子、歌割りが多く振り当てられているその曲のメインの子。推しが定まっていない分、彼らのライブを自分だけのアングルで満遍なく堪能する。  このライブはDVD等にはならない。もう二度と同じものは見られないのだ。私はその一瞬の煌めきを網膜に焼き付けようと必死だった。 「あ、ソロだ……」  ライブ後半、それぞれのソロ曲のターンになると、会場内のペンライトが大抵その曲のメンバーカラーで統一される。その場に出ていない推しから変えない強者も稀に居るけれど、会場全体が同じ色に染まるファンの一体感がまた好きだった。  白い光に包まれた銀河くんのステージは、歌いながら時折しゃがんでファン一人一人と目を合わせるような仕草で、見る者みんなを幸せにした。  青い光に包まれた青月くんのステージは、瞬きすら惜しいくらいの圧倒的なパフォーマンスを魅せつけられた。  緑の光に包まれた翠心くんのステージは、弾き語りと共に響く伸びやかで美しい旋律に心が震えた。  そして、赤い光に包まれたステージは、その異様な空気感にざわめいた。
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