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「……!?」
「え、なに、演出……?」
「大丈夫なの?」
思わず観客たちが口にする、動揺の声。ステージの上の赤星くんは、いつもと様子が違ったのだ。
最初こそ、ステップも歌も完璧だった。けれど歌の途中から音が外れ始め、苦しそうに顔を歪めて、やがてセットした髪をくしゃりと掴むようにして俯きながら無理矢理絞り出すように歌を続けた。
何とか顔を上げたかと思うと、呼吸とも漏れ出た声ともつかない音がマイクに乗り、それを誤魔化すように叫びにも似た声が続いた。
曲の二番に差し掛かった頃には、ふらふらとした足取りでステージの真ん中に膝をついて、スポットライトの降り注ぐ天を仰いで肩で息をする彼の歌は途切れ、会場には伴奏とバックコーラスのみが響く。
「……っ!」
その異様な光景に、観客はこれも演出なのかと戸惑う。
しかし苦しそうに、けれどそれ以上に悔しそうに顔を歪めて、身を屈めてステージの床に拳を打ち付ける彼の姿を見て、確信に変わる。
演技? 演出? これは違う。おそらく酸欠か何かで、まともに歌うことが出来ないのだ。
確かに赤星くんの曲は、高い演技力とパフォーマンスで成り立つ演劇を見ているようなエンターテイメント性が魅力だ。
これはデビューライブでも披露した、苦悩を歌った胸を打つ楽曲。その苦しそうな表情も仕草も、この曲には合っている。だから演出と言われれば演出とも取れるし、デビューライブの時にはハスキーボイスの彼が頑張って高音を歌い上げる時の少し苦しそうな掠れすら愛おしかった。
けれど、これは違う。絶対に違う。
いつだって本気で、ファンの求める以上の全力でパフォーマンスをする赤星くんが。そして誰よりプロ意識が高くステージを愛する彼が、演出としてでもソロで曲の大半歌うことを放棄するなんて、あり得ない。
誰よりも赤星くんを見てきたであろう隣の赤いスカートの女の子は、先程からその光景に肩を震わせ涙を溢している。
その後も苦しげに歌声が途切れながら、それでも止められることなくステージは続いた。スタッフでもメンバーでもいい、誰かもう止めてあげて欲しいとさえ思った。
けれど、そんなことはきっと彼自身が望んでいない。だからこそ、緊迫の中ステージは続く。心配さえ烏滸がましく感じられる、呼吸と引き換えに絞り出されるそれは壮絶な魂の叫びのような、命を燃やしながら紡がれる旋律。
この曲が終わったら死んでも構わないとでも言いたげなその姿に、胸が締め付けられ涙が滲んだ。
それでも目の前の光景から目を背けることが出来ず、赤いペンライトを振ることも出来ない。私たちは息をのみ、祈るようにひたすらそれを握り締める。
「……」
やがて、曲は終わりを迎えた。最後の方は息も絶え絶えで、もう声が出ていなかった。
それでも唇は動き、私たちに歌を届けようとしてくれていた。
一度はどうにもならない苦しさにステージの床や天を仰ぎ見ていた視線が、最後には私たちファンに向けられていた。
流れる汗を拭う余裕さえないその泣きそうな歪んだ表情は、呼吸の苦しさや完璧に歌えなかった悔しさよりも、私たちに最高のものを届けられなかった申し訳なさに歪んでいるように見えた。
赤星燈夜は、ビジュアルと演技力を武器にして器用に立ち回るような人だと思われがちだ。
けれど推し始めて彼という人を知っていくと、そうじゃない。彼はこんなにもまっすぐで、一瞬一瞬全力で、誰よりもファンを想ってくれている。
そういう人だからこそ、何気ない瞬間さえ私たちの胸に刺さるのだ。
曲が終わり暗転の中消えていった彼の背を、いつまでも追いたくなった。今すぐ駆け寄って、これ以上頑張らなくていいと言いたかった。ちゃんと想いは伝わっていると叫びたかった。
けれど、ファンがこんな気持ちになることも、彼にとって本意ではないこともわかっていた。
文字通り命を削るような、彼の輝き。その一瞬に立ち会えたことに、私たちは惜しみない拍手を送る。
彼の魂の叫びは、掠れた歌声と共に確かに届いたのだ。私たちの拍手も、ステージ裏の彼に届いているといい。
「赤星くん……」
その後、先にソロを終えた三人だけでMCを繋ぎ、残りの曲ではまた赤星くんの姿が見られた。
まだ本調子ではないのか多少苦しそうな時もあったけれど、歌もダンスも手を抜くことなくこなし、アンコールの頃には楽しげな笑顔を見せてくれた赤星くん。
他のメンバーも安心したように、赤星くんを中心に残りのステージを盛り上げた。
先程のソロはやはり演出なのではないかと思わせるような明るい表情に安堵すると同時に、やはり彼らが私たちを全力で楽しませたいと思っていることを感じて、自然と笑みが浮かんだ。
言葉にせずとも伝わる空気や想いは、彼らと私たちファンの間の絆のようなものだ。
こんな風にファンへの愛を感じられる『Starry Night』を推していて良かったと、心から思う。
彼らの輝きは永遠じゃない。この一瞬が最後かもしれない。赤星くんの命を燃やすようなステージを見て、改めてそう感じた。
だからこそ今この瞬間、溢れるような愛を届けたくて、刹那の煌めきを間近に感じられるこの幸せな時間を分かち合いたくて、私はソロ曲以降赤いままのペンライトを、音の波と共に揺らした。
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