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森から町への道は昨夜の雨のせいで泥濘んでいるため木々の枝を飛んでいると遠くから焼き魚の香ばしい匂いが辺りに漂ってくる。この辺りは稲作が盛んなため、握り飯と呼ばれる炊いた米に焼き魚を入れた食べ物が名物となっていた。水色では逆さの海と呼ばれる海の水が断崖絶壁を上る川でしか魚が取れないため魚料理を食べられる個所は限られている。
未来は久しぶりに握り飯を食べようと木々の枝を飛んで進んでいると一人の女が柄の悪そうな男たちに囲まれているのがみえる。未来は音を立てずに地面に降りゆっくりと男たちに近づき声をかける。
「こんにちは。どうかされましたか?」
「どうもこうもこの女が荷車に乗せてやったのに代金を払わないんだよ」
「ちゃんと乗せてもらう前にお支払いはしました。でも降りたら追加料金を請求されたのです」
「っていっているけど」
「うんまあ、予定より遠かったから? その分を払ってもらおうと思ってだな」
男は嘘を誤魔化すようにしどろもどろになっていく。他の二人の男も視線を逸らし目が泳いでいる様子。女は未来をじっと見つめ助けを求めている。
「確かに私も悪かったのです。心地の良い風だったのでつい寝てしまって」「目的地を過ぎてしまったと?」
「実はそれもわからなくて。目的地の地名しかわからなくて」
「え? 目的地は?」
「桃の花が咲き乱れるという桃源郷という場所です。妹を探しているのです」「桃源郷? それならこことは真逆の地域ですよ」
「え?」
未来は男たちを睨みつけるが男たちは白々しく口笛を吹いたり独り言をブツブツといって誤魔化している。未来は男の胸倉をつかむがそれでも「どうしたんですかい? お嬢さん」と引き攣ったつくり笑顔で通そうとする。
「それで? このお嬢さんをどうするつもりだったの?」
「ちょーっと寄り道してから連れて行こうとだな」
「桃源郷は真逆の方角なのに寄り道?」
「あーもう。あまりにも美人だから癸様に献上しようとしたんだよ。癸様は美人が大好物だからな。荷車に乗せた時に眠り薬を飲ませたはずなのにな、なんだよ起きやがって。クソっ」
「癸様? それって最初から騙して目的地に連れて行く気はなかったってことだよね?」
「そうだよ、俺にだって生活があるんだ。癸様の好きな美人を連れて行って対価をもらうってことだよ。大人しく寝てりゃあよかったのによ。バレちまっちゃしょうがねえ。大人しく連れていかれるか冷たくなるかの二択だ。どちらか選べ」
男たちは隠し持っていた小刀を出し、未来たちを囲う。
「これって私も巻き込まれているってこと?」
「美人が二人なんて癸様もお喜びだ。死にたくなければ荷車に乗れ」
未来が男を投げ飛ばそうとすると後ろから女が抱き着き押し倒し覆いかぶさる。そして小声で話しはじめる。
「お姉さん、私は行方不明になった妹を探しております。もしかしたら妹がそこにいるかもしれません。はじめて会った人にするお願いではありませんが、私と一緒にその癸様がいる場所へいってくれませんか。きっとどちらかが逃げようとすれば二人とも殺されてしまいます」
「ああ、わかった」
「ありがとうございます、お姉さん」と女は未来に覆いかぶさったまま強く抱きしめる。
未来は「若い女性だけが失踪」するという件がこの偽物の癸様というのが原因ではないかと考え潜入することにした。荷車に乗せられて数時間が経ち日も暮れはじめる。米所が広がる地域のため灯りもなく段々と暗闇になっていく。水田の先には森があり一本道が続いている。真っ暗闇がしばらく続いたが森を出たところで遠くに燃えた山のような灯りがみえてくる。
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