第25話 最初の事件現場・1

1/1
前へ
/69ページ
次へ

第25話 最初の事件現場・1

 小一時間ほど冬夜の運転する車に揺られ、三人はどうにか事件現場までやってきた。  着いたのは、背景に山を背負った一軒家の前である。周りに他の家は見当たらず、雰囲気だけで言えば、平和な田舎といった感じだった。 「ちゃんと無事に着いてよかったね!」  真っ先に車から降りてきたのは、元気な姿の冬夜である。運転中の緊張から解放されたからか、とても清々しい表情を浮かべていた。  その後に続いたのは志季とコハクだが、 「お、おう……」 「はい……」  しっかり車に酔った二人は車から降りるなり、力が抜けたようにその場にしゃがみ込んでしまう。 「何で二人ともそんなに具合悪そうなの? これから調査するんだからしっかりしないと」  二人の姿に、心底不思議そうな顔で冬夜が首を傾げた。  すると、すぐさま志季は冬夜を見上げて、きつく睨みつける。そのまま、唸るような声を発した。 「一体誰のせいだと思ってるんだよ……」 「冬夜さまの運転、色々とすごかったです……」  コハクも地面に両手をつきながら、目を回している。  しかし、冬夜は二人の様子を気に留めることなく、満面の笑みを浮かべた。 「そうかな? コハクにそう言ってもらえて嬉しいよ!」 「それは絶対に誉め言葉じゃねーからな。コハくん、今日はもう仕方ないけど次からはもう車はなしにしような」 「……そうですね」  しゃがんだままで志季とコハクがブツブツ話していると、冬夜はマイペースに歩き出す。 「さて、じゃあ早速調査しようか」 「あ、ちょっと待てよ」 「冬夜さま、待ってください!」  志季とコハクは揃って立ち上がり、慌てて冬夜の後を追った。   ※※※  家の周りには、黄色いバリケードテープも貼られていない。どうやら、すでに警察の手を離れているようである。  外から見る限りでは、本当にごくありふれた、どこにでもあるただの一軒家だった。  現在、中は無人の空き家だということが、ほんの少しだけ違うくらいか。  その玄関前に立った冬夜は、持っていたショルダーバッグから鍵を一つ取り出す。『A』とアルファベットで書かれたタグがつけられていた。  ここに来る前、退魔師協会に寄って預かってきた、この家の鍵である。  昨日、すぐに調査を始める(むね)をメールで伝えた直後、『それならば鍵を預かっているから取りに来るように』と協会からの返信があった。  事件の調査で必要になりそうな鍵などは、ある程度警察から協会に渡されているらしい。  そのおかげで、堂々と玄関から入ることができるのはありがたい。 「じゃあ、調査を始めるよ」  そう言って、冬夜は玄関の鍵を開け始める。  何の変哲もない、ごく普通の玄関だ。もちろん問題なく、あっさりと開いた。 「ふーん、やっぱり警察と繋がってんだな」  もう疑いもしないけどさ、と志季が冬夜の手の中にある鍵に視線を落とす。 「別に繋がってるとはいっても、きっと悪い意味じゃないだろうから、それはいいんじゃない?」 「まあ、それもそうか」  冬夜の言葉に、志季は納得しながら頷いた。  次に、冬夜が後ろにいるコハクを振り返る。 「コハク、近くから幻妖の気配はする? 俺にはわかんないんだけどさ」 「いえ、気配はありません」  冬夜に訊かれたコハクはそう答え、首を左右に振った。  その様子に、志季が安堵の息を漏らす。 「とりあえず、今この辺は安全ってことか」 「なら、さっさと調査しちゃおう。幻妖が関わってるのかはまだ不明だけど、もし出くわしたら面倒だからね」  冬夜は迷うことなく玄関ドアを開けて、中に踏み込もうとした。  その時である。 「そーいや、この家ではどこで事件が起こったんだ?」  志季が冬夜の肩越しに何気なく中を覗く。しかし、すぐ目の前に広がった光景に思わず息を呑み、瞠目(どうもく)した。 「志季さん、どうしたんですか?」  コハクは身長が低いので二人の横から覗き込んだが、志季と同様の反応をして、そのまま言葉を失った。  三人の前に広がっていたのは、大きな血だまりの跡である。  志季とコハクは一目見ただけで、事件現場がこの玄関だったことを理解した。  床だけではない。壁も同じように血しぶきで汚れた跡があった。  どちらにも血を簡単に拭き取ったような形跡は残されていたが、お世辞にも綺麗とは言えない状態だ。  志季とコハクの様子に、冬夜はただ困ったように、苦笑を浮かべることしかできない。 「昔、父さんに連れられて何度かこういうとこに来たことあるけど、やっぱり気分のいいものじゃないよね」 「そりゃあな」 「……はい」  志季とコハクは神妙な面持ちでそう答えると、冬夜と一緒になって現場に手を合わせたのだった。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加