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第26話 最初の事件現場・2
「じゃあ、ここは玄関だけ調べればいいのか」
大きく深呼吸をして気を取り直した志季が、玄関内をぐるりと見回す。
狭い場所だ。三人全員で入ると身動きが取れなくなるので、コハクにはドアを開けたまま、玄関の外で待っていてもらうことにした。
もちろん二人でも十分狭いのだが、一人よりも二人で調査する方が早いだろうと考えた結果である。
この後は他の現場も回らなければならないのだから、正確さに加えて、スピードも重視だ。
「うん。中はすでに警察が調べてるけど、問題なかったみたいだよ」
「そっか、それなら簡単に済みそうだな」
志季がしゃがみ込んで、外――ドア側から目視で調べていく。
背中合わせになった冬夜は室内側から調べることにした。
まだ血痕の残っている床を見下ろし、協会から鍵と一緒に預かってきた書類とを見比べる。
この書類には、警察からの情報が簡単にまとめられていた。
「えーと、警察が調べた情報だと凶器はおそらく鋭利なものだって。鈍器じゃないみたい」
「この出血を見れば鈍器の可能性は微妙だよな。警察じゃないオレにも予想はできるわ。まあ、まったく可能性がないわけじゃないだろうけど」
志季が背中を向けたままでそう答えると、冬夜はさらに続ける。
「死因は出血性ショックらしいから、この血だまりも納得できるね」
「なるほどな。……ん?」
顎に手を添えて頷いた志季が、今度は小さく呟くような声を零す。
「志季さん?」
不意に動きを止めた志季に、コハクが傍で声を掛けると、
「ああ、ここに何か傷があるなーと思って」
志季はそう言って、自身の正面に置かれている木製の靴箱を指差した。
「傷?」
すぐさま反応した冬夜が振り返り、志季の示す靴箱に目を向ける。
その扉部分には、二本の細長い傷跡が大きく、斜めについていた。
「よくわかんねーけど、平行に二本、傷あるだろ?」
「ホントだ。事件前からついてたものか、それとも事件でついたものかは今ここで判断はできないね。写真撮っておこうか」
靴箱に近寄って二本の傷跡をじっと見つめた冬夜が、スマホのカメラを起動させる。何度か角度を変えて、五枚ほどを撮影した。
「この現場だけ見てもさっぱりだな。もしかしたら『他の現場も同じだから、警察では手詰まり』ってことなのかね」
だとしたら面倒だな、と志季が呟いた。
「警察側で『人間ではない者が関わっている可能性もある』って判断して、わざわざ協会に依頼してるんだから、まあ手っ取り早く言えばそういうことなのかもね」
手早く写真を撮り終えた冬夜がそう答えて、これまでの作業に戻る。
こうして冬夜と志季はコハクが見守るなか、黙々と調査を進めていったのである。
※※※
それから少しして。
「よし、ここの調査はこれで終了だな」
「うん、次の現場に行こう」
ようやく調査の終わった志季が玄関前で大きく伸びをすると、冬夜はそんな志季に笑顔を向けた。
「はぁ……またあの車に乗るのか……」
しかし、志季はすぐに表情を曇らせると、今度は静かに嘆息する。明るい表情でニコニコしている冬夜とはまるで正反対だ。
「志季、何か言った?」
「いいえ、別に何も言ってませんよー。コハくん、頑張ろうな……」
「……はい、頑張ります」
志季がうんざりした様子でコハクに声を掛けると、コハクもうつむきがちに小さく首を縦に振った。
「二人とも、早く行くよ!」
いつの間にか玄関の鍵をかけ終えた冬夜が、二人の横を颯爽と通り過ぎていく。
「コハくん、行くか……」
「はい……」
志季とコハクは揃って肩を落とし、トボトボと冬夜の後に続いたのだった。
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