第41話

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第41話

 倭国を発ってから数日進んだ夜、大きな環濠集落(かんごうしゅうらく)を見つけた。  おそらくここが百越国(ひゃくえつこく)だろう。  しかし既に夜が深まっている。  訪問するには無礼な時間だ。  輝政は一晩を山で過ごし、朝になってから訪れることにした。  木の実を食べ、汲んでおいた水を飲む。  毛皮を身体に巻いて暖を取り、木にもたれて身体を休める準備をしていると――。 「――誰か、助けて! 助けてください!」  遠くから幼い女性の金切(かなき)り声が響いてきた。  輝政は跳ねるように刀を抜刀し、助けを求める声がした方へと駆けた。  かつてのように判断を迷って、子供が無残に死ぬ姿など見たくはなかった。  落ち葉や泥の上を駆けていくと、松明の灯りが見えた。  その周りでは激しい剣戟(けんげき)が繰り広げられている。  衛士らしき格好をした者。そして(あか)まみれで粗末な服装をした賊が数名倒れている。  夜闇で視界がきかない。  だが、見える限りだと衛士の中心にいる身形(みなり)が良いお嬢様らしき者を護るために戦っているようだ。  生き残りの衛士は僅か五名。  対して賊は十名を越える数が残っている。山賊の類いに襲われたようだ。  義は衛士側にあると状況を把握し、輝政は山を駆け降りる。 「――助太刀します!」  後ろからの斬撃に反応する間もなく、賊一名の首が飛ぶ。 「――何者だ!」 「名乗りは後ほど。――まずは、賊を斬ります」 「……感謝するッ」  顔も見ず、輝政は敵を一人、また一人と切り伏せていく。  この時代の武器と輝政の持つ刀では性能と使い方が違い過ぎる。  そして何より、山賊如きが使う我流(がりゅう)で洗練の欠片すらない剣術など相手にならない。  道場で毎日洗練された剣術家達と対多勢の掛かり稽古に励んでいた輝政に、何度剣を振るおうと当たる筈がなかった。  (から)め手として土を投げつけてきたのは見事だったが。それでも、輝政は一切動じることもない。  海神無念剣術のような実戦で生き残るために発展した剣術には、そのような搦め手への対処法もある。  輝政は月夜の教え、修練に心の中で感謝しつつ、痛む目を閉じ――研ぎ澄まされた五感と殺気から敵の気配を察してまた一人切り伏せる。  作戦が失敗に終わると察した山賊は一人、また一人と逃げ出し――輝政は持っていた水に目を浸け、土を洗い流した。  落ち着いた所で改めて、衛士とお嬢様に向かって挨拶をする。 「先程は失礼しました。俺は旭という者で――……ッ」  そして、松明に照らされる男達の一人とお嬢様の顔をマジマジと見つめ、言葉を失った。 「――父上、(はるか)……ッ」  驚愕し、全身の血流が逆行するような感覚に陥る。  二度と会えないと思っていた父が、そこにいる。  この時代にいる筈がない悠が、そこにいる。 「旭殿、貴殿の助太刀が無ければ我々は全滅していたかもしれない。感謝する」 「――そんな、頭をお上げください、父上」 「――は、父?……あいにく人違いかと。私には息子が一人おりますが、まだ幼いです」  心から尊敬されている人に忘れられた、その衝撃で過呼吸気味になり、一瞬ぐらりと視界が歪むが――なんとか呼吸を整え落ち着けた。  輝政は改めて、落ち着いて考える。  ――そうだ。ここは俺が暮らしていた時代とは違う。  神子が楓姫と酷似(こくじ)しているのと同じ、よく似た別人なのだと。 「……失礼しました。我が父に酷似していたもので。――ところで、そちらのお嬢様は?」 「ああ、この方は朱鬼大王(しゅきだいおう)の一人娘、悠姫(ゆうひめ)様です」 「旭様。お助けくださり、有り難うございました」  幼い頃の悠とうり二つの少女が、恐怖に震えた手で輝政の手を握った。  外見はそっくりだが、中身は違う。  悠は、戦場では誰よりも気が強い。  悠姫のように震えることなどない。やはり別人なのだと、改めて輝政は再認識した。 「いえ。亡くなった方には間に合わずに申し訳ございませんが、貴女達のお力になれて何よりです」 「お優しい方なのですね。あの、よろしければ……当家の館へいらっしゃいませんか?」  いつか、輝政が多くの少年少女剣士から向けられていたような――憧憬の眼差しをした悠姫に促される。  子供の頃の悠と同じ目だ。  輝政の胸中には、当時を思い出して複雑な思いが宿る。  悠姫に促されるまま、輝政は馬と旅用具を持ってきて環濠集落(かんごうしゅうらく)へと足を踏み入れた。  ――物見遊山(ものみゆざん)の最中に迷い、夜になって山賊に襲われた王の娘を救った恩人として、輝政は百越国に入国した。  通された館は倭国(わこく)の神子が住んでいた宮殿には遠く及ばないまでも、高官達が住む居館(きょかん)よりは遙かに規模も大きく、周辺の建物より立派な造りであった。  館には現在、多くの高官と思われる立派な身形をした者達が集っている。  高坏(たかつき)に酒と簡素(かんそ)なつまみをのせて胡座(あぐら)をかき、入ってきた男――輝政に視線を向けていた。  そんな館の上座に、この国の王が胡座をかいて座っている。  頼りなく揺れる油火(あぶらび)の灯りに照らされたその顔は――輝政の師匠。  赤城家前当主とうり二つであった。  男は輝政が促されるままに席へ座るのを見て――。 「話は聞いた。我が百越国の王、名を朱鬼大王と言う。旭殿、我が娘と部下達を救ってくれた事、誠に感謝する」 「俺は腐っても、また武士として生きたいと願っています。成すべき事をしたまでです」 「……ほう、そうか。褒美は何が良い?」 「見返りを求めての行動ではございませんが、許されるのであればこの百越国へ二ヶ月ほど逗留(とうりゅう)をお許し頂きたく思います」 「成る程……。持ち物や服装を見るに、貴殿は何処かの国を出た高官か?」 「俺は倭国にて二ヶ月間、客として過ごしました。持ち物は全て、神子様より頂戴しました」  輝政のその返事に、集った高官が途端にざわめき出す。  現在、百越国は倭国と戦争の準備をしている。  崇める神も違う。  この者は敵なのか。  敵だとすれば何故大人しくここに来て、こうも堂々としていられるのかと、様々な憶測(おくそく)が臣達の間で飛び交う。 「――静まれ」  朱鬼大王の落ち着きつつもよく響く声音で発せられた一言で、臣達は押し黙った。
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