第2話

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第2話

 緋ノ国(ひのくに)。  それは大御神(おおみかみ)加護(かご)神託(しんたく)を受けた神子(みこ)――緋ノ国の神子こと緋神子(ひみこ)が、大御神の名代(みょうだい)となり(おさ)める神領(しんりょう)の島国である。    緋ノ国は三千年以上の長きに渡り夷狄(いてき)国土侵入(こくどしんにゅう)を許さず、諸外国(しょがいこく)が次々に植民地化(しょくみんちか)される中でも常に独立国(どくりつこく)であり続けた。  今日(こんにち)までの長きに渡り国土を護り続けられたのは、大御神のもたらす奇跡の力に他ならない。  大陸から大規模な船団が攻めてくれば、突然の大嵐や時化で船を沈めた。  何度も、何度も。  神の創造(そうぞう)した土地。緋ノ国は夷狄(いてき)の侵略を許さない。  攻めれば目には見えない謎の力で撃退(げきたい)される。よしんば上陸に成功したとしても、屈強(くっきょう)な『武士(ぶし)』によって(またたく)く間に切り伏せられる。  『魂刀(こんとう)』。それは長年の修練(しゅうれん)によって神力を得た御巫(みかんなぎ)が、『三種(さんしゅ)神器(じんぎ)』を前に不眠(ふみん)百万遍(ひゃくまんべん)(まい)神力(しんりき)、そして魂を奉納(ほうのう)する事で誕生する神秘の刀。  大御神の加護を受け、御巫(みかんなぎ)の魂と肉体から産まれるその刀を持つ者は正に一騎当千(いっきとうせん)。  雷光(らいこう)津波(つなみ)地揺(じゆ)るぎ、幻術(げんじゅつ)など『奇跡』を起こす魂刀が実在するだけで、諸外国を震撼(しんかん)させた。  それに加え、己の死を顧みぬ『武士』という魂刀を操る兵士達。  常に怖れること無く死兵(しへい)と化して敵へ挑む『武士』という階級に属する存在は、理解し(がた)い上に厄介この上ない。  何しろ武士は己の使命を果たせず無様を(さら)せば、自ら『名誉を守るため』と言って喜んで腹を切るのだ。  懲罰(ちょうばつ)による打ち首ではない。他国から見れば、『狂戦士(きょうせんし)』にしか思えない。  製法(せいほう)の関係から魂刀(こんとう)の数は極めて少ない為、魂刀を所持(しょじ)できる武士も少ない。  だが、止める(すべ)がわからない魂刀を所持する武士が、たった一人でも戦場に()る。  それだけで権力者(けんりょくしゃ)の首が取られる危険性がある。  膨大(ぼうだい)なリスクを冒してまで極東の島国、緋ノ国に攻め入る利点もない。手出しをしなければ、海を越えて攻めてくる事も無い国民性。  異教徒(いきょうと)の存在を許しがたい諸外国も、見て見ぬ振りをして触れることはそうそうなかった。  触らぬ神に(たた)りなし。  (ゆえ)に、怒らせぬべき存在と周知されていった。  (ゆえ)に、近年ではどの国家にとっても不可侵(ふかしん)とされる国であった。  そう――つい先日までは。  今、緋ノ国は西洋の大帝国。『ウルカ帝国』の侵略に押され、既に国土侵入を許している。  空を飛ぶ戦闘機や巨大な戦艦に揚陸艦(ようりくかん)。  そして遠距離から瞬く間に鉛玉が甲冑(かっちゅう)(つらぬ)き、命を奪う銃。仕掛けられた地雷に空中爆撃。そういった近代兵器によって、瞬く間に上陸(じょうりく)滞在(たいざい)を許した。  大御神の奇跡は、まだ起きていない。  緋神子と三種の神器が()す宮殿のある『宮都(みやと)』近くにも、既にウルカ帝国の侵略兵達は攻め寄せてきていた。  何としても窮地(きゅうち)を脱する。  神聖(しんせい)な宮都への夷狄(いてき)侵入など許さない。  これ以上は近づけさせない。  現在、宮殿(きゅうでん)では緋ノ国建国史上(ひのくにけんこくしじょう)空前絶後(くうぜんぜつご)の『救国(きゅうこく)儀式(ぎしき)』が行われているのだから殊更(ことさら)にだ――。 「――御三方(おさんかた)、お戻りになりましたか! お見事でございます!」  (まつりごと)実権(じっけん)を握る執政長官(しっせいちょうかん)善陽寺顕正(ぜんようじあきまさ)を始めとした多くの宮廷勤(きゅうていづと)めの文武官(ぶんぶかん)から、宮殿へ帰参(きさん)した剣術三大流派当主(けんじゅつさんだいりゅうはとうしゅ)達は賞賛(しょうさん)の声で迎えられる。  三大流派は大御神から武の神力が与えられる特別な剣術だ。  技を極めた者は『神裁(しんさい)代行者(だいこうしゃ)』とも言われる。  修練を積む事で神力は増し、使える技も増えていく。  神威(しんい)の剣は常軌(じょうき)を逸した武力を有する。だが、門徒にも神力が与えられないものは数多くいる。  (むし)ろ神力を得られるものは稀有(けう)だ。大御神のお眼鏡にかなった訳で、周囲から憧憬(しょうけい)される存在である。  大抵の者は、型を覚えるのみで人生を終えるのだから。 「さすがは当代(とうだい)達だ。大御神の怒りを、我らの怒りを敵にぶつけてくださる」 「敵も(あわ)れだな。誰に弓引(ゆみひ)いたかわかっていないのだろう。神威の裁きをあの世で悔いるといい」  審神者(しんぱんしゃ)緋神子(ひみこ)、緋神子の(つるぎ)にして(たて)が三大流派という構図であり、緋ノ国のあるべき姿と言われている。  三千年以上続く国家なら当然とも言えるが、内乱や変もあったとの噂はある。  だが実際どんな事件が起きたのかは歴史書に記されていないので分からない。  実際の歴史を知るのは、宮殿内の書庫(しょこ)を閲覧する権利を有す極々一部(ごくごくいちぶ)の人間のみだ。  各流派の当主が案内された場所は宮殿の最も広い間である拝殿(はいでん)。  上座(かみざ)(ひか)えるのはこの国を治める大御神の神託(しんたく)を受けし神子――第二百二十四代緋神子。神に仕える道――二大惟神道(かんながらのみち)流派共通の長でもある。  大陸から伝わった建築文化を取り入れつつ、緋ノ国独自の伝統も忘れぬ瀟洒(しょうしゃ)な宮殿に、緋神子はまさに象徴(しょうちょう)の如き神聖さを(かも)し出しながら腰掛けている。  三名は緋神子の前まで進むと、正座して首を垂れた。 「大義(たいぎ)でした。さすがは緋ノ国三大流派の当主ですね。従軍(じゅうぐん)した者もご苦労様でした。――もうすぐ、前代未聞(ぜんだいみもん)魂刀(こんとう)が産まれます。……疲れているとは想いますが、身を清めたら皆で神殿(しんでん)へ移動しましょう」  正座していた三名は(おそ)れ多い存在に頭を下げ、身を清めに下がった。  大御神に祈祷(きとう)する神殿に(けが)れは持ち込めない。  血や死の穢れは、神前(しんぜん)相応(ふさわ)しくない。  荘厳(そうごん)な神殿前広場に移動すると、雅楽(ががく)を演奏する者。  そして、数え切れない御巫(みかんなぎ)神楽舞(かぐらまい)が大御神の依り代(よりしろ)――三種の神器(さんしゅのじんぎ)に向けて奉納(ほうのう)されている。 「二大惟神道(にだいかんながらのみち)から選抜(せんばつ)された高徳(こうとく)御巫(みかんなぎ)二千名の魂を注いだ魂刀(こんとう)です。(さぞ)かし立派で、夷狄(いてき)退(しりぞ)ける超常の力を宿す魂刀が誕生するでしょう」  善陽寺(ぜんようじ)を始め、皇族――緋神子の一族やその護衛も期待に胸を膨らませ、身命(しんめい)(ささ)げる御巫(みかんなぎ)に敬意を払っていた。固唾(かたず)を飲んで見守る一同は、上段に(まつ)られた緋ノ国の御神体(ごしんたい)にして祭具(さいぐ)。  大御神の力を宿し、意思疎通(いしそつう)を可能にする媒体(ばいたい)とも伝わる三種の神器を(すが)るように見つめていた。  平時(へいじ)宮廷(きゅうてい)宝物殿(ほうもつでん)に分けて奉納されており、この三つが一緒に(まつ)られているのを見る栄誉は神の名代(みょうだい)である緋神子と、魂刀に変わる御巫(みかんなぎ)が最期に見ることを許される。  三つの神器が(そろ)い、大御神が認める程の高徳を積んだ御巫が魂を奉納することで、初めて魂刀が誕生するのだ。  三種の神器は(かがみ)勾玉(まがたま)(つるぎ)だ。  青銅(せいどう)で出来た日輪御鏡(にちりんのみかがみ)緋神子候補(ひみここうほ)の皇女が祈りを捧げ、大御神の神託を得られた者が次代の緋神子となるのだ。  日輪御鏡が奉納された宝物殿の守護は、剣術三大流派の一つ日輪神刀流宗家(にちりんしんとりゅうそうけ)赤城家(あかぎけ)に任される。  同じように龍海勾玉(りゅうかいのまがたま)海神無念流宗家(かいじんむねんりゅうそうけ)蒼樹家(あおきけ)が、緋國御劔(ひのくにのみつるぎ)壌土山霊流宗家(じょうどさんれいしゅうそうけ)黄杞家(おうきけ)が守護する。  特に緋國御劔は、緋ノ国を護る為の武力として大御神が初代緋神子に手ずから授けたと伝えられている。  三大流派の中でも黄杞家(おうきけ)は非常に誇り高く、見る者によっては(おご)(たか)ぶっている傾向にあった。  青銅色で所々に錆がある日輪御鏡に緋國御劔、そして長い年月でくすんだ龍海勾玉。  この窮地にあって、誰が誕生する魂刀の担い手になるかという結論は未だ出ていない。  武を(たしな)む者であれば、誰もが担い手に選ばれたい栄誉である。  だが、魂刀(こんとう)は文字通り魂の刀である。  通常の刀と違い、『意志』を持つ。  武具でありながら、一つの生物でもある。  相性があり、超常の能力を引き出せる者が持つという決まりがある。  超常の能力は確かな鑑定眼(かんていがん)を持つ魂刀鑑定士(こんとうかんていし)によって鑑定される。  どんな能力を宿すのか、御国(おくに)を護る力とはどんなものか。  強大なお力を是非に、と誰もが大御神に祈りながら結果を待っていた。  ――それは、近衛隊士(このえたいし)やまだ歳幼(としおさな)い皇女達とて同様である。 「邪魔だ。ここは選ばれし者のみ立ち入る事が許された場だ。皇女のお情けに(すが)る犬は(すみ)にいろ」  中々誕生しない魂刀に苛立っているのか、近衛隊士の一人が悪態をついて子供を威圧(いあつ)する。 「くだらない難癖(なんくせ)をつけている程に暇なのか。身命を捧げる御巫(みかんなぎ)達に感謝もできないなら、立ち去れ」 「何だとこのガキ――」  大人の近衛隊士が、子供の胸ぐらを掴み上げた時――。 「そこまでだ。私の近衛兵に手出しは止めろ」
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