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第36話
「――ふふ、いいだろう! では貴様等、木剣で試合せよ。だが、旭の希望ばかり聞いては不公平だな。熊部将軍や武官達の意も汲み、七対一での勝負を認めよう!――木剣を持って参れ!」
神子の宣言にどよめきが室内に広がる。
使用人達は慌てて木剣を用意しに走った。
「――舞台はこの拝殿前の広場を使うがよい。――各々、移動と準備をせよ」
好奇の目を集めながら、輝政は広場へと移動する。
辺りには誰も味方がいない四面楚歌――いや、あの時も一人は味方がいたなと輝政は思い返す。
――神前奉納剣武祭での楓姫。
今、彼女と同じ立場に神子がいる。
輝政は久しぶりに胸が躍った。
一人でも心から信じてくれる味方がいれば、それは薄っぺらい千の応援にも勝る。これならば、実力以上の力が発揮できそうだと輝政は感じた。
主や己を真に信じてくれる希有な存在とは、そういう者なのだ。
やがて木剣が大量に運ばれてきた。
話を聞いたのか、腕一杯に木剣を抱えた衛士の男。
よく見ると、昨夜輝政を捕縛した衛士だった。
神子の前での発言は許されていないのか、一礼すると剣を置いて脇に控えた。
武官や熊部将軍達は次々に適当な木剣を手に取る。
輝政も用意された木剣の中で最も長いものを手に取った。
それでも護国鬼道御剣より長さが短い。
剣を振り、改めて間合いを掴んだ。
「それでは、準備はいいか?」
「いつでもかまいません」
熊部将軍は既に構え、強い殺気を飛ばしてきている。
他の武官達もそうだ。
輝政はその様子の相手を見て、海神無念流の当主である月夜の教えを思い出していた。
『遠山の目付』。
相手を遠くにある山の様に見て、全体の調和を感じる。
日輪神道流の『旭日昇天』の教えに従い、最速の力で対抗するのは多勢に対しては良策でないと感じた。
もしも防がれて、鍔迫り合いが起きれば――致命的な隙が生まれる。
「――俺も、いつでもいいです」
「そうか、では――始めよ!」
神子の声を合図に、熊部将軍を始めとした武官が一斉に襲いかかってきた。
突きを主体として、殺意に忠実な単純な動き。
勿論、賊よりは遙かに早く鋭かったが――。
「――な……っ!?」
全ての攻撃は受け流される。
まるで大岩に流れ込む河川の水の如く。
するりと抜けていく己の剣に武官達は戸惑い――瞬く間に一人、また一人と木剣が打ち込まれ地に沈んだ――。
勝負は文字通り瞬く間に終わった。
結局、輝政は息一つ切らさず立っていた。
練熟された突き技に対し、お粗末過ぎる斬り技の差違。
そして防御の術に至っては知らぬような有様だった。
剣士として相手の剣技に違和感と言い得ぬ不快さを感じながらも、勝負相手に敬意を示し礼をした。
姿勢を直し神子の方を見る。
神子は興奮した熱い眼差しで、喜色満面の笑みを浮かべている。
対して文武官達は「化け物だ」と戦慄し瞳が怯えに揺れている。
善陽寺も同様だ。
怪異を見て恐怖の感情が迸ったかのように身体を竦めている。
昨夜の拷問の仕返しをされるのでは、と顔面も蒼白だ。
昨夜の衛士だけは崇敬にも似た面持ちで輝政を見ていた。
「――これで旭の登用に文句のある者はいないな? 突然の抜擢に戸惑う者もいるもしれないが、これだけの実力を示して見せたのだ。旭には、我が軍の練兵長も担当してもらう。では、解散だ。――よし、怪我人を連れてこい。妾が直々に治療してやろう。妾は今、とても気分が良い」
こうして輝政は旭として正式に倭国の内舎人――武官として認められた。
武官達がことごとく打ち倒されたこの場で異論を挟める者など、誰一人としていなかった――。
早速、衛士に案内され練兵場へ向かう。
兵士と言っても、普段は農業や狩りをして生活していると輝政は教えられた。
時折集まっては練兵を行うらしい。
半農半兵といったところだ。
衛士に聞くと、今までは銅剣と木盾を用いた戦闘が中心の練兵をしてきたらしい。
盾に防御を頼っているから受け技がなく、斬れ味の悪い銅剣を使っているから斬り技が拙かったのか、と輝政は先程の熊部将軍達との立ち会いを思い返して納得した。
まず輝政は過度に盾に頼る事は止め、相手の刺突や斬り技に対する対処を教えこんだ。
勝手に指導するのは免許を持たぬものとしてどうかとも思ったが、日輪神刀流の大目録まで許されている身だ。
基礎の足裁きや体捌きを中心に指導した。
素振りに始まり、切り返し。
寸止めでの基本打ち、技稽古、掛かり稽古。
剣術のみならず、弓術にも手を加えた。
弓の中仕掛けと弓柄を作るように提案した。
作り方を一から教え、弓矢の練習の際には必ず中仕掛けに矢筈をかけてつがえる事を教えた。
姿勢を整えさせ、藁で作った的に何度も射かけさせる。
同じ軌道で飛ぶ矢に徐々に慣れてきた兵達は命中率が格段に上がり、これで狩りの能率も上がると大喜びしていた。
練兵当初は突如として指導役に抜擢された輝政へ不審な眼を向けていた者達も多かった。
だが試合稽古や実際の技を見せると、魅了されたかのように輝政の言うことを聞くようになった。
輝政は腕を必死に磨くとともに、狩りや農業にも日々勤しんでいた。
そうして充実した二ヶ月を過ごしている最中、神子から急に呼び出された――。
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