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第37話
「――つまらん、妾は退屈だ」
拝殿の長椅子に肘枕で横たわりながら、神子は不満そうに言う。
神子とは思えぬ行儀の悪さだ。
「なぜですか?」
「妾の日常は祈って神力を磨いて食って寝ての繰り返しだ。太陽の神を崇める気持ちと感謝は変わらぬが、こうも代わり映えしない毎日だと気も滅入る。それぐらい解れ阿呆」
「我が儘ですか?」
「そうだ、妾は我が儘なのだ。知らなかったのか?」
「いえ。正直に言えば、初対面から我が儘だろうなと感じておりました」
「この無礼者めが」
言葉とは裏腹に、神子は楽しそうに微笑み眉尻を下げた。
「市中でも見てみたいものだ……」
「神聖な神子様が市井に顔を見せることは禁止されているのでは?」
「わかっておる。……それでもだ。妾を崇めてくれる民の顔も知らぬというのは、虚しいのだよ」
「……では、こうしてはどうでしょう――」
いつぞや楓姫が宮殿を抜け出し、宮都を見て回った時の抜け技を教えてみる。
「――旭、お主は天才か!」
「では、やりますか?」
「うむ。すぐに準備してこい! 無論、旭の分もだぞ!」
物々交換に使えそうな物を神子から貰うと、輝政は市中に出て服と狐の面を交換してもらった。
服も沢山有る訳ではないだろうに、神子が渡した物が余程価値のある物だったのか、急いで自分の貫頭衣を脱ぎ交換してくれた。
一応、神子に渡す前に服は川で洗っておいた――。
「――どうだ、似合うか?」
宮殿にある小さな密室の建物に二人は居た。
「正直、似合いません。粗末な服と整った顔が合っていません。不釣り合いです」
「それは貶しているのか褒めているのか、どちらだ?」
「唯の忠言です。早く面をつけて、髪を結ってください」
「ふふ、わかったわかった。――しかし、妾は髪など自分で結った事が無くてな」
「では、俺が結いましょう」
「なに? ちょっとま――」
「幼い頃は妹の髪をよく結っていました。今では反抗的になりましたが、可愛かったです」
輝政は慌てる神子の髪に触れ、優しく結いだす。
背後に立つ輝政からは見えなかったが――神子は頬を紅潮させ、顔を緊張に強ばらせていた。
「……女の髪に気安く触れるとは、この軽薄男めが」
「何か言いましたか?」
「何でも無い!」
小声で呟いた神子の声は聞き取れなかった。
そうして神子の髪を結い終わると、神子は狐の面をして輝政の巨体に隠れるように建物を出た。
「――ん? 旭殿、その方は?」
本日門衛を務めているのは、輝政を捕らえた衛士だ。
この衛士は輝政を人一倍信頼していた。
「訳ありの子です。神子様に許可は得ています。これからこの方と市中を回ろうかと思います」
「そうですか。……しかし、宮殿は神聖な場です。如何に神子様が許可なされたとはいえど、民を無闇に入れるのはお控えください」
「余程の理由が無い限りは控えます。今は……余程の理由を突きつけられたとお思いください」
「そうですか。では、お気を付けて。……とは申しても旭殿に敵う者などおりませんでしょうがな」
笑いながら衛士は門を通してくれた。
そうして姿が見えなくなる程に遠くなると、神子は面を取り無邪気な笑みを浮かべた。
「――大成功だな!」
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