第39話

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第39話

 その神殿に祀られていたのは、太陽の様に煌めく鏡だった。  意匠はかつて見た『日輪御鏡』と全く同じ。  だが、かつて見た日輪御鏡とは決定的な違いがある。  ――色が、鏡面だ。  かつて見た日輪御鏡は青銅色だったのに対し、この鏡は金色や白銀など色を変え、神々しく輝いている。  一体、どんな材質で出来ているというのだろうかと輝政は驚嘆した。 「驚いたか? この神秘の御鏡こそ、妾が太陽の神から神託を受ける際に使う神器だ」 「……驚きました。俺の祖国にあった神器と、少し似ているもので……」 「そうか……」  夕陽が神殿に差し込んでくる。  黄昏れた雰囲気の神殿に香る檜の匂いが心地よい。  夕陽に照らされる神子の顔は、物憂(ものう)げで(はかな)い。  ――しかしその儚むような姿がまた、美麗だ。  輝政は思わず、眼が釘付けになってしまった。  この美しい姿を見逃す事は罪でさえあるとばかりに。 「――妾は産まれた頃から宮殿かこの神殿にばかり居て、世俗(せぞく)の事を何も知らなかった。それこそ己が治める倭国が一日で廻りきれぬ程に広く、こんなにも多くの民が暮らして笑っていることさえも知らなかったのだ。この米は誰が作ったのか、この肉はどこで育ち誰が狩ってきた肉なのか、それすらも知らなかった。このような王は、民を(たば)ねるべき王ではないと胸を打たれた。――旭が来てからは新鮮な刺激ばかりだ。本当に愉快であり、痛快だ。知らぬ事を山ほど教えてくれる」 「……それは、光栄に思います」 「旭よ。今まで直隠(ひたかく)しにしていて悪かった。――ここは、琉球でもなんでもない。旭が住んでいた時代より、遙か古代の地だ」  しばしの沈黙が場を支配する。  神子は慈顔(じがん)で輝政の顔を見つめ続ける。 「……なんとなく、そうなのかもしれないとは思っていました。確証はありませんでしたが」  真剣な面持ちで輝政も答える。  二ヶ月間もの間を倭国で過ごしていれば、嫌でも察する。 「――そうか。まぁ、そうだろうな。正直、文明が違いすぎる。旭の生きていた時代を神力で見たときは、度肝を抜かれたぞ。火を()き人を遙か遠くから殺す武器、鳥のように空を駆け地を焼く武器。――魂刀という名の超常現象を起こす刀。身分が低く(さげす)まされてきた幼少期。それでも武士として生き、そして死に損なった旭の半生。……そして、虐げられる緋ノ国の民」  輝政の頭にその時の情景、状況が映像の如くリアルに浮かぶ。  相変わらず、自分の本当の名前だけは思い出せない。  だが、状況だけは忘れない。忘れる訳にはいかない。 「倭国は数多の小国を連合していった超大国だ。それも妾が異常な程に神力を得て、神託に従い急速に拡大した国家だ。熊部将軍や善陽寺も、かつては小国の王であったが、倭国に降り臣下となった者だ。急速に拡大した国家は、信の置ける人物より内部の歪みを生む恐れのある者の割合が多い。国土が広がり臣が増えるほど、妾の心は猜疑心(さいぎしん)窮屈(きゅうくつ)になっていった。……そして今、骨を折って造ってきた強大な倭国を打倒しようと武の神を崇める三大国――『朱鬼大王(しゅきだいおう)』の治める『百越国(ひゃくえつこく)』、『碧貴王(へきおう)』が治める『燕国(えんこく)』、『黄鬼大王(おうきだいおう)』が治める『杞国(きのくに)』。この三つの大国が倭国打倒の為に手を組むという噂がある。いかに強大な倭国とはいえど、この三国が本当に手を組み、兵が大挙して押し寄せれば――滅びる可能性がある」  達観(たっかん)した様に淡々と事実のみを語る神子。  背筋を伸ばし、神妙な面持ちで聞く輝政。  二人の間には他の声、音などは最早入ってこない。  あらゆる邪魔者を神聖な空間が妨げているように。  この時間を絶対に邪魔させないと、神の意志が働いているかのように静謐(せいひつ)な時間だった。 「正直、神が何を望み、旭をこの時代に使わしたのかは解らん。歴代一である妾の神力を持ってしても、神意が読めない。それ程に旭をこの時代に使わした神の意志は強い。――だが、妾と旭の出会いは神託の一種だと思っている。旭は救国の使いだと考えている。間もなく約束の二ヶ月が終わるが……。妾は民が笑い、調和の取れた穏やかで平和な国を作りたい。三大国を平定(へいてい)すれば、もはや戦乱の起こらぬ世界も妾なら造れる。その為に旭の力を――耐え忍び培ってきた武士の魂を、これからも妾に貸して欲しい」  神子の真剣な誘い。  国を、民を心から護りたい。  その信念を感じ、輝政は熟考した後に答えた。 「……俺はこの時代で誰の為に剣を振るべきか、命を奪う程の大義がどこにあるか、正直まだわかりません。そのような迷いのある剣では――斬られる者にも失礼です。斬った時にも、例え斬られた時にも後悔が残ります。このような迷いを抱えていて、神子様の望む力となれる自信はありません。一度道を外れた俺ですが、いずれにせよ、武士道を探求しなければなりません」 「武士道か。この時代では聞き慣れない言葉だが……。それは所謂(いわゆる)、教えや美学という奴か?」 「道ですから答えはありません。――ですが、『武士が人の世に存在する為の理由』だと、俺は捉えています。人の命を絶ちきる。その重い行為には、相応の大義という魂の寄る辺が必要です。でなければ武士はただの快楽殺戮者(かいらくさつりくしゃ)となり、人格を破綻(はたん)させます」 「そうか……。旭よ、お主の目標はなんだ? 楓姫を見つけ緋ノ国を救うことが最終目標か?」 「その通りです」 「では、その間にどうしたらその目標に辿り着けるのか。そして最終目標を達成した後、どう生きるつもりだ?」 「……己を磨き主を探し、主の為に生き続けます。主の意思を叶えるための刃となります」 「それは間違っている」    神子はピシャリと言い切った。
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