第4話

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第4話

「分からん。大御神の御意志(ごいし)と、御巫殿達(みかんなぎ)(いの)り次第だろう。俺達に出来るのは、ただ強大な力を宿してくださるよう祈るだけだ」  神前奉納剣武祭(しんぜんほうのうけんぶさい)壌土山霊流当主(じょうどさんれいりゅうとうしゅ)如何(いか)に打ちのめされようと、決して負けを認めず立ち上がる。  小さい体躯(たいく)に大きい意志を持つ輝政を楓姫は気に入り、新興下級武家(しんこうかきゅうぶけ)嫡子(ちゃくし)である九条輝政を近衛にした。  剣武祭で見せた雄姿(ゆうし)大抜擢(だいばってき)に、輝政は日輪神道流に属しながら幼い剣士から流派の垣根を越えた憧憬の存在となった。  ――大人達からは(うと)まれる存在となったが。  二人はまだ共に幼く、楓姫も輝政も十四歳。  元服(げんぷく)すらしていない子供だ。  下級武家である自分には魂刀を得る機会すら与えられ無い。  武家の者として己の仕えるべき者を護り、信念(しんねん)を貫く手段を得る機すら得られないのは、唇を噛みちぎりそうな程に口惜(くちお)しい。  今日(こんにち)の戦でも、輝政が挙げた戦功(せんこう)など三大流派の当主に比べれば無いようなものだ。 「そう(くや)しそうな顔をするな輝政。お前の力は私が一番信じている。お前は幼い。今は確かに無力だ。だから、もっと鍛錬(たんれん)を積んで大きくなれ。誰よりも大きく、流派の壁など越えて強くなれ。そうすればお前は――決して諦めないお前は、いつか私の愛するこの国を、民を絶対に守ってくれる。宮殿の誰が信じなくとも、私だけは信じている。母上も影ながら信じているようだがな」 「楓姫……。ああ、約束しよう。俺は、俺を信じてくれる楓姫を信じる。その為には……実の両親を見殺しにする鬼畜(きちく)にもなろう」  貴重な魂刀を与えられていない下級武士である輝政の父は、ウルカ帝国兵の銃器により先に戦場で散り、大御神の元へ()された。  惟神道武尊派(かんながらのみちたけるは)禰宜(ねぎ)として百万遍(ひゃくまんべん)神楽舞(かぐらまい)(のぞ)んでいる母も今、正に魂刀(こんとう)となり現世(うつしよ)を離れようとしている。  輝政は己の愛する母の魂が宿りし魂刀が自分以外の手に渡るのが辛い。  だが、口には出さない。  愛する祖国を守るために、母や大御神が認めた真の武士であれば祝福するつもりだ。  それこそ剣術の師であり、敬愛(けいあい)する赤城(あかぎ)であれば受け入れられよう。  一同が見守る中、神楽を舞っていた御巫(みかんなぎ)達の身体に光の粒子が(まと)い始め――身体を()かし三種の神器へ吸い込まれていく。  同時に、神器の前に置かれた(ひのき)台座上(だいざじょう)の空間が歪む。  神器から神力が放たれ集約(しゅうやく)しているのだ。 「――来ます」  緋神子の言葉と同時に、二千名の御巫(みかんなぎ)の魂が三種の神器に吸い込まれ――台座に(もや)がかかる。濃密な神気が(もや)として(あらわ)れているのだ。  神力に当てられ、文官(ぶんかん)を中心に多くの者が意識を失う。  輝政はぐらりと揺れる視界にも耐えきった。  絶対に見届けて見せると、強固な意志を保った。  (もや)が晴れていくと――そこには一振(ひとふ)りの刀が誕生していた。  だが、誰もが言葉を失い唖然(あぜん)としている。  誕生した魂刀は、予想していた緋ノ国を窮地(きゅうち)から救うに相応しい魂刀の(つく)りとは――余りにかけ離れていた。  (きら)びやか、絢爛(けんらん)洗練(せんれん)された造りとは対極の存在。  目の前に生誕したのは、鈍色(にびいろ)(くす)んだ刀剣(とうけん)であった。  言われなければ御巫(みかんなぎ)の神力が宿った魂刀にすら見えない見窄(みすぼ)らしさだ。  ()りは徒歩戦(とほせん)でも素早く抜刀し敵を切りやすい浅めの中反(なかぞ)り。  刃長(はちょう)は平均的な七十三糎(73㎝)より大幅に長い九十糎(90㎝)程度。  もはや大太刀(おおだち)に近く、実戦で扱うには()長巻(ながまき)にすることも検討(けんとう)が必要だろう。  何よりも特筆(とくひつ)して(いびつ)なのが、(かさ)ねだ。  あまりに分厚(ぶあつ)い。  通常の刀が六粍(6㎜)程度の厚みに対し、この刀は倍近い一糎()近くあるだろう。  折れにくく実戦向きと言えば言葉は良いが、名刀(めいとう)は薄くても頑強(がんきょう)でよく切れる。  こんなにも重量的(じゅうりょうてき)で使い手に求める身の(たけ)膂力(りょりょく)が高く、優美(ゆうび)さも感じられない刀。  未熟な刀工(とうこう)作刀(さくとう)に失敗した鈍刀(なまくら)や、巨大な(なた)と言われても信じるだろう。  大御神の加護を受けた神々(こうごう)しさどころではない。  人を(たた)き斬る事しか考えられていないこの刀。  何処(どこ)憎悪(ぞうお)の念が(こも)った禍々(まがまが)しさも感じられる。  (ある)いは、夷狄(いてき)に国土侵略を許した事に神が御怒りになられている証左(しょうさ)なのかもしれない。 「……鑑定を御願いします」  緋神子に促され、宮廷お抱えの魂刀鑑定士(こんとうかんていし)怖ず怖ず(おずおず)と剣を手に取り、神力を注いでから困惑(こんわく)した表情を浮かべ(うな)る。
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