第40話

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第40話

「――主に依存(いそん)するな、甘えるな。主や王というのは、『自分を信じて付いてくる者の意思と、散った者の遺志(いし)体現(たいげん)する者』だ。旭の意思がなければ、その楓姫も何をしていいのか解らんだろう。――旭の人生はこれからも続くのだ。武士道はよく解らん。だが最終的に己が成すべき事を見つけ、身近な目標に立ち向かい、胸を張って格好良く生きる。主に依存するより、自我を有し進言(しんげん)してくれる臣下を持った方が妾は嬉しい。その者が生涯を全うした時に、自分もその者の遺志を継いで強くあろうと思える。――妾が思うに、そうして『己の生き様や遺志を、同じ道を歩む者に残す事』こそ、武士の本来あるべき姿であり責務(せきむ)なのではないか?」  輝政は目から鱗が落ちる思いだった。  武士の本懐(ほんかい)とは主に忠義を尽くし、主の成すべき事を成して散る刃であると思っていた。  しかし神子の言った言葉は――己の大義を持ち、自我に生きろという事だ。  思えば、楓姫は自分の何処を気に入ってくれたのだろうか。  他の武士になくて、自分にある物。  ――それは神前奉納剣武祭の時に、『勝たねば得られず奪われる。護る者の為に、決して屈せず権利を放棄しない』という強い自我を見せたことだったのかもしれない。  輝政は、今までの自分は思い違いをし、楓姫の真意を何一つ理解していなかったのかもしれないと思った。 「妾に旭を無理矢理拘束(こうそく)するつもりはない。本当は首に縄を着けて飼いたいがな。――旭、諸国(しょこく)を巡るが良い。その中で、旭が生涯を通して貫くに値する生き方を見つけられる事を祈る。結果、妾を助たいという結論に至ってくれたら文句なしだ」  重苦しい雰囲気を壊すように冗談めかした笑みを浮かべ、神子は次の道を示した。  輝政としても、己の成すべき事をこの時代で探し求めたいと感じていた所だ。  素直に頭を下げ礼を示した。 「――誰かいるか」  神子が呼ぶと、神官が顔を伏せながら神子の元へ寄る。  神子は神官に何事か伝えると、神官は頭を深く下げて出て行った。 「何を?」 「大したことではない。妾の元を離れる者へのせめてもの手向(たむ)けを用意させている。……旭よ。今後、もし立場が敵に変わったとしても――妾を友と思ってくれるか?」  悪戯っぽく笑う神子に対し、輝政は右手を差し出す事で応えた。 「……なんだ、この手は?」 「こうして、神子殿も俺の手を握ってください」 「おま……っ。女子の手にそうして……」 「こうしてお互いに手を握り合う事を、俺の時代では握手(あくしゅ)と言います。約束をしたり、感謝や挨拶の際にする所作(しょさ)です」 「……そうか。では、しばし妾の手を握る無礼も許そう」  黄昏時(たそがれどき)を過ぎ、日が沈む。  結局、神官が声をかけるまで二人の手は繋がれたままだった――。 「……神子殿。この品々は?」 「旭が残した功績を考えれば当然の報酬だ。これぐらいの事はさせろ」  神殿を出ると燻製肉や干物などの保存食や寒さを凌ぐための道具、物々交換に使える宝飾品などの品々――所謂、旅支度を積んだ馬が用意されていた。 「この時代にも、馬がいたのですか……!」 「稀少(きしょう)ではあるがな。だが、誰にも文句は言わせん。諸国を巡るなら馬がいた方がよかろう」 「神子殿……改めて、心からの感謝を」 「頭を上げろ。今更むず(がゆ)い。出会った頃にも申したように、妾は旭の丁寧すぎる言葉は違和感があって好かぬ。――行くなら、まずは朱鬼大王(しゅきだいおう)の治める百越国(ひゃくえつこく)が良いだろう。他の国の王に比べれば癖も少なく、人格者で温厚だ。誠意を示せばきっと入国できる」  それだけ告げると神子は背を向け、神殿に入っていった。  そして御鏡(みかがみ)に祈りを捧げる。  輝政はもう一度神子に深く礼をすると、馬に(また)がり宮殿を出た。  神子はひたすらに祈り続けた。  輝政の無事と――いつか倭国を救いに帰ってきてくれる事を。  神々しい光を放っていた御鏡は、輝政が去るとその耀きを少しだけ収めた――。
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