第42話

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第42話

「……一つ、問いたい。貴殿は倭国の神子から頼まれ、我が国の弱みを探しに来たのか?」 「いいえ、違います。俺は諸国(しょこく)を見て廻り、己が剣を振り命を絶つ意味を――武士として生きる道の探求をする為、諸国を旅しております。朱鬼大王(しゅきだいおう)であれば、お話を聞いてくれるだろうとの神子様の勧めもあり訪問させて頂いた次第です」  愚直(ぐちょく)なまでに真っ直ぐで、力強い言葉だった。  (よど)みなく出てくる言葉には輝政の本音と事実が詰まっている。  数秒、輝政の瞳を睨めるように見つめた朱鬼大王は――ふっと小さく笑った。 「ならば良い。だが、ただ飯を食わせる訳にはいかない。貴殿には二ヶ月間、衛士としての(つと)めを果たして頂こう」 「謹んで承らせて頂きます」 「――そうか。では、悠姫と衛士達の命を救った恩人に、乾杯」  小さく(さかずき)を上げると、ささやかだが落ち着く(うたげ)が始まった。  輝政は諸侯(しょこう)から根掘(ねほ)葉掘(はお)りと様々な事を聞かれた。  剣術はどこで鍛えたのか。  その剣はどこで手に入れたのか。  倭国の武力はどうだったのか。  武について尋ねる者が多いのは、武の神を崇拝しているが故だろう。  (はる)か未来から来たと言っても、信じては貰えないだろう。  輝政は己が過去の記憶を全て無くしている事にして、答えられることには全て誠実に答えた。  悠姫はまだ幼い為、酒こそ飲めないが、熱心に輝政の話を聞き、瞳を輝かせながら様々な事を尋ねてきた。  こちらはどちらかというと、倭国の装身具(そうしんぐ)などの文化的な話が多い。  外見が似ていても、悠とはやはり違う。  悠は装身具(そうしんぐ)よりも、剣を愛していた。  (いとけな)いその姿に、思わず笑みが浮かんでしまう。  父――によく似た方とも会話をした。  上役(うわやく)が戦死した為代表しただけで、身分は低く名字も無い。名は徳正(のりまさ)と言うらしい。  徳正殿は父では無い。  ――だがもしかしたら、ご先祖様なのかもしれない。  生前は自分が元服(げんぷく)していなかったこともあり、父と酒を酌み交わす事は叶わなかった。  だが、こうして父本人と見紛う程に酷似(こくじ)した方と話していると――郷愁(きょうしゅう)に駆られると同時に、父の最後の文を思い出し、目頭が熱くなる。  宴も終盤になると皆酔いが回っていた。  すっかり輝政を信用した臣下達――そして悠姫は、輝政の腕に捕まりぶら下がったりと肌が触れるような交流をするまでになった。  そんな様子を上座に座る朱鬼大王は、静かに酒を飲みながら見つめている。  心なしか、頬が緩んでいた――。  翌明朝、用意された衛士用の宿舎から輝政は出ると、朝の鍛錬を始めた。  帯刀しての走り込みから始まり、素振り。そして技稽古など。  一人で出来る鍛錬はほぼ全てこなした。 「――凄まじい技の切れ、そして見事な技だ」  渋みのある落ち着いた声――朱鬼大王が声をかけてきた。  刀を納刀(のうとう)し頭を下げる輝政に、朱鬼大王は木剣を差し出した。 「一本、我と試合をしよう。勿論、寸止めでだ」 「……わかりました」  輝政は木剣を投げられ受け取ると――朱鬼大王は間髪入れずに突き込んできた。  それを想定していたかの如く輝政は足裁きで(かわ)し、朱鬼大王の首の前で木剣を止める。 「――見事だ」 「昔、我が師から剣を持てば常在戦場(じょうざいせんじょう)。――『旭日昇天(きょくじつしょうてん)』の勢いを持って敵を仕留めよと、教わりました。我が師と友による指導の賜物(たまもの)です」  剣を引き、一礼してから輝政は語る。  まさか師にうり二つの人物に、師の言葉を説くとは。  夢にも思わなかった。 「そうか。良き師と友を持ったな。また我に稽古を付けてくれ。悠姫(ゆうひめ)も一緒にな」 「……悠姫は、戦より文化を好まれているかと思われますが?」  少々、困ったように顔を(ゆが)ませる朱鬼大王。 「それは我とて理解している。悠姫(ゆうひめ)は刀を手にしようともしない。……だが、武の神に仕える朱鬼家の嫡子(ちゃくし)だ。武芸(ぶげい)が出来ないのでは、国が(ほろ)びる。国が滅びれば、民が死に文化も死ぬ」 「成る程……俺には解らぬほどの苦悩(くのう)をお抱えなのですね」 「あの子は貴殿によく(なつ)いている。他の衛士達もだ。悠姫は父である我の言うことには従わなくとも、貴殿の言うことなら聞くかも知れない。どうか、心に留め置いてくれ」  そう言って、朱鬼大王は背を向け去って行く。  その背中が語っていた。  ――負けたままでは終わらないと。  そうだ。  師匠もそうだった。  口では潔くとも、その実誰よりも負けず嫌いだった。  他の二大流派に神前奉納剣武祭で後れをとると、何食わぬ顔をして見えて背中は憤怒(ふんど)に満ちていた。  懐かしく思うと同時――今は亡き師や、朱鬼大王への恩返しをせねばと輝政は考えた――。  それは衛士として国土の見廻(みまわ)りをしている時だった。
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