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第43話
「旭殿!」
数名の衛士を連れた悠姫が、無邪気な顔で輝政にすり寄ってくる。
徳正は衛士の中では末席に身を置く存在なのか、荷物持ちをしていた。
昨夜の宴も下座で状況説明人の一人という扱いだった。
「悠姫、どうしてここに?」
「旭殿と市中を廻りたくて……ご迷惑でしたか?」
「いえ、しかし。私は任務中ですので……」
「そう、ですよね……。ご迷惑、ですよね」
涙目で顔を伏せる悠姫に、輝政は狼狽する。
幼少期の、剣を持っていない時の悠と重なる。
悠姫の後ろから衛士達が、言うことを聞いてやってくれというような身振りをした。
「……わかりました。その代わり、市中の見廻りをしながら俺の話にも付き合って下さい」
「――ッ! わかりました!」
太陽に向かって咲く向日葵のような笑顔で悠姫は笑う。
幼い子が大人の――頼もしい体躯の恩人男性に向ける好意。
それは恋心というには余りにもかけ離れた感情のように周囲の目には映った。
だが、悠姫が感じている想いは間違いなく――初めての恋慕の情だった。
「旭殿! 見てください、この装身具! 綺麗な貝殻です……!」
「ええ、本当ですね」
「旭殿は先程から、そのような生返事ばかり……私といても、楽しくないですか?」
「そんな事はありません」
そこで輝政の頭に、朱鬼大王から頼まれた話が浮かんだ。
「――悠姫。百越国に、海はありますか?」
「え……多分、無かったかと……」
「ならばこの貝は、賊に襲われる危険を冒してでも海へ誰かが取りに行ったか、あるいは他国との物々交換でこの国に入ってきたのでしょう」
「凄く色々な旅をしてきた貝なのですね! 私も旅がしたいです!」
「外は先日のように危険が多いです。商品を仕入れる為、商人がなぜ危険を冒さねば旅ができないのか。悠姫は解りますか?」
「え。……申し訳ございません、私にはわかりません。なんで、ですか?」
「――それは、人が争うからです。悠姫も、昨晩襲われた恐怖は覚えているでしょう」
「あれは……本当に怖かったです。旭殿が助けてくれなければ私の命も……」
「そうです、その恐怖や不安は民とて一緒です。ですから、民は平和を求めています。誰もが笑い、危険なく安心して生き、自由に商売ができる世の中を。――僭越ながら、私もその為に生き恥を晒して生を繋いできました。……今は、再び道を探している最中ですが」
「旭殿ほどに強い御方でも、悩み迷われるのですか?」
「ええ。俺は最近、己の主に依存していることを知りました。護るつもりが、実は護られていた事に気が付きました。しかし――私はいつまでも護られているつもりはありません。己の護りたい者を護る信念を貫く為、私は剣の腕を磨きます」
「……民が笑って暮らせる様になるには、武力は必須だと思いますか?」
「――はい。如何に綺麗事を並べようと、侵略者には侵略者なりの理由――大義を抱いて攻めてくるのです。その時に護れる武力が無ければ……全てを奪われます。大切なものも、自由も。……何もかもです」
悲痛な面持ちで語る輝政に、上目遣いをする悠姫。
その顔は輝政を心配する優しさで満ちていた。
「旭殿も……過去に大切な何かを奪われた経験があるのですか?」
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