第44話

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第44話

「……俺は夷狄(いてき)――海の遙か向こうからやってきた侵略者に、全てを奪われました。そして我が国に暮らす民も無残に殺され奪われ、笑えなくなりました。女子供関係なく。本当に、自らの不出来を情けなく思います。俺は信じてくれた者に、遺志を託せる人間になりたい。過去に犯した罪を贖いたい。――その為の道を、武士道を探し求めて彷徨(さまよ)っています……っ」  未だ根深く消えない悔恨の念に囚われ、つい声に力がこもってしまった輝政の手を――悠姫の柔らかく小さな手がそっと包む。 「……悠姫?」 「――なら、旭殿の敵を私が斬ります! 旭殿や民の笑顔を守れる国を作る為、私も強くなります!」  ――日輪の如く、(よど)みなく耀いた笑顔だった。 「旭殿、私に稽古をつけて下さい! 少なくとも、私が旭殿を追い抜くまで師でいてください!」  初めは朱鬼大王の願いを聞き、顔を立てるためにと話を振った。  しかし途中からは、ただ本音で思いを語っただけだ。  ()き出る感情が抑えきれずに。  それが(かえ)って(こう)(そう)したのだろうか。  悠姫が自ら剣を教えてくれと言い出した。  思わぬ顛末(てんまつ)に眼を見開いた輝政だったが、やがて頬を緩め快諾(かいだく)した。  すると――。 「あの……旭殿。私どもにも、ご指導を御願いします! 私も武の神に仕える者の端くれとして、強くなりたく思います! どうか、この通り!」  衛士達も――当然徳正も頭を下げ、鍛錬を望む。  これが武の神を崇める国の民か。  武に生きてきた輝政には、この民達が持つ直向(ひたむ)きに強くなりたいと願う思いが、非常に心地よかった。 「――解りました。こちらこそ、よろしく御願いします」  こうして、早朝(そうちょう)勤務終了(きんむしゅうりょう)後の夕刻に皆で稽古をする事になった。  輝政からの報告を聞いた朱鬼大王は、眼を松明の火にも負けぬほど爛々(らんらん)と耀かせながら『我も参加させてもらう』と言い出した。  己の銅剣(どうけん)を嬉しそうに磨き――少し気色悪い程の薄笑いを見ては、輝政に断れる(よし)も無かった。  そうして、朝夕(あさゆう)と多くの人々が集い、身分を問わぬ合同稽古が始まった。  強くなるという一念を持って集い、悪意無(あくいな)き純粋な稽古は――輝政にとって本当に久しぶりで、心から清々(すがすが)しかった。  そうして昼には衛士として百越国の治安維持の為に国土を巡る。  そんな中で、見覚えのある山河(さんが)を見つけた。 「――俺の、俺の故郷(こきょう)にそっくりだ……」  まだ家族で暮らしていた街。  その近くにある小高い山から見た景色と――今の景色が重なる。  所々に違う箇所はある。  それでも、紛れもなく輝政が幼少期に妹や悠と駆け巡って見た山だった。  神子の言う通り、この時代が輝政の生を受けた時代の遙か昔だとすると――百越国は、将来的に輝政が暮らしていた地という事になる。  ここには、父に似た人物もいる。  郷愁(きょうしゅう)の思いがより強くなった。  市中から外れた集落を廻りつつ民から陳情(ちんじょう)を聞いていると、一つ困った事があるがどうにもならないと告げられた。  試しに話だけでもしてくれと輝政が促すと――。 「この辺りの川は、雨期(うき)が来ると(たま)氾濫(はんらん)を起こして作物や家屋を破壊するんです。まぁ、自然には誰も逆らえんから、仕方ないんですがね……」  それは完全に諦観(ていかん)している顔だった。  試しに見せてくれと言って、どうせ無駄足になると(しぶ)る民を連れながら輝政は川を視察にきた。  確かに、今は緩やかな流れの川だが――増水時には急流となり下流まで土砂(どしゃ)を運び、川岸を越え氾濫しそうに見えた。  何とか出来ない物かと考えると、古い書物を読んで父や妹と一緒に作った経験がある物を思い出した。  輝政は朱鬼大王に頼み込み、大量の丸太と石、そして竹蛇籠(たけじゃかご)人夫(にんふ)を貸してくれるように頼んだ。  何故かと問う朱鬼大王に考えを説明すると、(こころよ)く協力し準備を進めてくれた。 「――民家や田畑がある側の川岸に、丸太をこのように三角錐状(さんかくすいじょう)に組みます。抜けないように深くまで差し込んで下さい。そうして石を詰めた竹蛇籠を組んだ丸太同士の間に通してください。これで、濁流(だくりゅう)や土砂の流れがある程度は食い止められるはずです」  それは中聖牛(ちゅうせいぎゅう)と呼ばれ、川の流れを変える木組みの構造物。  文献によれば、増水時の川の流れを変えたり緩やかにする効果があると言われている。  実際、文献で知識を得たときに家族で作ってみたが、小規模な氾濫なら多少なり効果はあったように思う。 「いやぁ……。仰天(ぎょうてん)だ。こんなもんを考えつくとは」 「旭殿は、何者なのだろうか……」  人夫として駆り出された民や下級衛士の徳正が唖然(あぜん)とした表情を浮かべ呟いている。  己の父に酷似する徳正が唖然としているのを見て、輝政の胸中には夕陽が沈んでいくような、()も言えぬ寂しさに埋め尽くされる。  表情にまで寂しさが滲んでいる輝政とは対照的に、悠姫は水平線を照らす朝陽のような清らかに耀く笑顔を向けて――。
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