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第6話
「控えろ!」、「小童の出る幕では無い!」、「許可無く勝手に口を開くなッ!」、「皇女様の情けで宮殿に居られるだけでも有り難く思え!」「そもそもが、そのような小柄な身体でどう剣を抜くというのだ愚か者めッ!」
至る所から罵詈雑言がふりかかる。
だが、声をあげた少年――輝政は意に介さない。
表には出さない。
彼の身の丈は百六十糎に満たない程度。
未だ成長期らしい成長期も来てない未熟者。
だからこそ、輝政は強くあった。
誰にも侮られないよう口調も強く、楓姫の隣に立つに相応しい貫禄を欲し、威厳を得ようとしていた。
下級武家と侮られ、抜擢に怨嗟の声を浴びせられる事も慣れた。
問題は今ではない。
未来をどう変えるかだ。
その為に、成すべき事を成す。
「御国の大事の前に身分などと詰まらない事を言うな痴れ者共がッ!――俺は、必ず己の信義を貫く。心意気では誰にも負けないッ! 不平不満のある者は前に出てもう一度挑んで見ろッ!」
――自らを産み、辛いときも育ててくれた母の魂が入った魂刀。
御国を、大切な者を救う為に身命を捧げ大御神の加護を得た尊き魂刀。
その犠牲の上に出現した魂刀を誰も扱えぬなど、あってはならない。
鋭い瞳で周囲を睥睨する輝政に、誰もが口を悔しげに歪める。
既に自分が失敗している以上、強くは出られない。
「――構いません。九条輝政、挑みなさい。……私は貴方ならば、と期待していますよ」
「緋神子様!?」
善陽寺が本当に良いのかと問う。
緋神子は揺るぎない瞳で輝政と己の娘を見ていた。
「母上。感謝します」
楓姫は恭しく頭を下げ、輝政の背を押す。
輝政は静かに歩を進め、魂刀の前に立った。
「輝政。――心を、意志を強く持て。己の信念を強く思い浮かべよ。幾度となく鍛錬で打ちのめされても立ち上がった日々を思い出せ。魂刀に受け入れられるには、己の本質を曝け出すことが肝要だ。輝政の剣術はまだまだ粗い。確かに技量的には二千の魂の担い手としては相応しくないが――我より幼く、柔軟な心を持つそなたなら或いは……」
「……師よ。感謝致します」
己の剣術の師。
赤城の励ましに強く頷き、輝政は魂刀を手にする。
――重い、なんという重さだ……ッ!
今までにも真剣を手にした事は何度もあった。
だが、こんなにも重い刀を持つなど初めての体験だ。
小柄な子供が大太刀を抜刀するのに難渋しているのを、多くの文武官が冷笑して見つめる。
絶対に成功するという信頼の眼差しを向けてくれているのは――楓姫だ。
彼女の、主の信頼に応える為にも、及び腰な姿を晒すわけにはいかない。
臣下として、下級の木っ端武士だろうと――胸の内から滾る物がある。
胸を張って太刀を鞘から抜き放ち――構えた。
「ぐ、ぐあァアアアア…………ッ」
刀から様々な情念が伝わってくる。
祖国を、家族を守りたいという想い。
大御神への願いが――身体の芯から次々爆発するように伝わり、思わず刀を手放しそうになる。
「輝政ッ負けるなッ! 私は、お前が決して諦めぬ真の強者だと信じている!」
楓姫の叫び声が宮殿内に木霊する。
――そうだ。彼女は俺を見込み、周囲の反対も押し切り傍に置いてくれた。その彼女の期待を裏切るような男に、俺は決してならない!
「はああああああああああああああッ!」
数秒の格闘後――陽炎のように禍々しく黒い気を放っていた刀が落ち着いていく。
大人しく輝政によって構えられていた。
「……弾き飛ばされない、だと……?」
「馬鹿な……」
少年に不釣り合いな大太刀を堂々と構える姿に、皆が眼を剥いた。
「輝政、魂刀の力は感じますか?」
緋神子は淡々と問う。
「……分かりません。自分は、他の魂刀を持った事がありませんから」
「そうですか。しかし、『不滅』という能力は確かめようがないのもまた事実。私は、唯一この刀を手にできた輝政に、救国の刀を与えます」
異論を挟もうにも、他に刀を構える事を魂刀に許された者はいない。
憤懣やるかたない思いを抱えつつも、皆は承服せざるを得なかった。
「では、緋神子様。魂刀の銘はどうなさりますか?」
文官の一人が問う。
魂刀の管理を担当している者だ。
「鬼の如き所業、多くの殉教の上に生誕した救国の刀です。名は――護国鬼道御剣と名付けます。……ですが、この刀は魂刀名鑑に記帳する事を許しません。この刀に関する他言も許しません。所有者もです。これは、大御神からの神託です。――皆、いいですね?」
その言葉で、いくらか居並ぶ皆が納得し胸の靄が晴れた。
緋神子様は神託と言って、暗にこの魂刀の存在を無かったことにしようとしている。
下級武士の分を弁えぬ小生意気なガキに、魂刀を与えた記録を残さぬように言っている。
皆はそう解釈した。
緋神子は輝政の横を通り――。
「戦場でのそなたの活躍、期待していますよ。もしかしたら貴方は……いえ、やはりなんでもありません。失礼しました」
誰にも聞こえない小声で呟き、奥へ姿を消した。
彼女も不眠で百万遍を常に見守っていたのだ。
休息も必要だろう。
残された面々は忌々しそうな眼を向けつつ一人、また一人と宮殿を去って行く。
三流派の当主と善陽寺は今後の作戦会議のため、場所を移した。
「輝政、私はずっと信じていたぞ。お前が民の為に屈しない事を、一度として疑わなかった」
「楓姫。――俺は、君の武士だ。これからも、ずっと信じていてくれ」
輝政の言葉には『信じてくれて有り難う』、『必ず君を護る』という言葉を内包していた。
楓姫もそれを察していた。
「……うん、有り難う。信じているぞ」
こうして、緋ノ国至上前代未聞の大規模な儀式――祈祷という生け贄は終わった。
――その日から約一月の後。
ウルカ帝国空軍中将、ランベルト・アウエンミュラー指揮による宮都への集中空爆により、第二百二十四代緋神子は崩御した。
三種の神器も全て宮殿から失われた。
宮都を脱出した楓姫は隠遁地までの逃亡の最中、行方不明。
残された皇族――神子は全員人質となりウルカ帝国本国へ送られ、緋ノ国はウルカ帝国に全面降伏。
不可侵であった緋ノ国は、ウルカ帝国の従属国――実質的な植民地となった。
そうして、三年の月日が流れた――。
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